「自殺予告の手紙」を読んで

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自殺予告手紙:「生きていくのがつらい」……手紙全文
11日に同時多発的な自殺が起きないことを祈るばかり。
この文面は、予告である一方で、同じ問題を抱えている子供たちへの“檄文”にもなっているから。
「いじめられて死にたいと思っている人は、11日に学校で死ぬといい」
「そうすれば、僕のこの手紙は君たちからの手紙になる」
「恨みをぶつける道筋は、この手紙で作った」
「僕が止められても、君たちが死ねば恨みは届く」
この手紙は、そういう呼びかけにもなっているんです。
もはや、この手紙を書いた張本人を見つけるだけじゃ済まない。
この手紙に共感した自殺予備軍の子供たちも止めなきゃいけない。
果たして、そこまでできるのか。
(投函地と思われる)豊島区以外の父兄や教育関係者たちが、そこまで危機意識を持てるかどうか。
ある意味、社会が試されているのかもしれません。
うーん、何だか「QUIZ」のラストみたくなってきましたな。しかもバッドエンドの方で。


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ところで最近、やたらと自殺のニュースをよく耳にしますが、これは一種の「流行り病」なのですね。
誰が最初かもうわかりませんが、いじめを苦に自殺をした子供がいた。
すると、同じように日常の苦しみを抱えている人たちはこう思ったのです。
「そうか、自分も死ねばいいんだ」
「その手があったのか」
「やってる人がいるんだから、自分もやっていいよね」
去年だったかに練炭焚いて集団自殺する事件が多発しましたけど、あれも同じ。
自殺した“先駆者”に励まされて、許しを得て、自殺するんです。
一度始まれば、連鎖反応。次から次へと。だから流行り病なんです。
件の手紙が、感染爆発のきっかけとなるのか、ならないのか。非常に心配です。
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私も、小中学生の頃はけっこういじめられました。
自殺を考えたことも、何度となくありました。
件の手紙は、多分、本物だと思います。
自殺予告という一見稚拙な自己顕示は、「助けてくれ」という声無き叫びです。
恥ずかしながら、私もかつて似たようなことをやりましたから、気持ちはよくわかります。
……まあ、大臣に手紙出すほど派手なことはしませんでしたが。
彼が望むのは、誰かが自分を心配してくれること。
誰か、自分を気遣って手を差し伸べてくれる人がいれば、それで安心するんです。
ただ、それは「世の中」なんて曖昧なものじゃダメ。
自分の周りにいる、近しい人でなければならんのです。
もし、この叫びすら黙殺されるようなら、彼は孤独と絶望の中で死を選ぶことになるでしょう。
自分からは言い出せないんです。
誰か、声をかけて、話を聞いてやって下さい。心配してやって下さい。
それだけで、明日もどうにか生きていけるんです。
まだ生き抜くには不器用な彼を、独りのままにしないで下さい。

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カテゴリー: news

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