1. ON STANDBY
戦艦のカタパルトで、2機のX-LAYが、発進の時を待っていた。
青いパイロットスーツを着た、金髪碧眼でおかっぱの女性が言った。
「いよいよ、始まるわね」
赤いパイロットスーツを着た、黒髪を長く伸ばした、東洋系の女性が応えた。
「そうね。――私たちの戦いが、人類の運命を決めるのね」
「……でも、こんなに落ち着いちゃってるなんて、何か、可笑しいね」
「リラックスしてた方が、力を出し切れると言うわよ」
緊張感の中に余裕さえある、2人のお喋りをさえぎって、ブリッジから、出撃命令が下された。
赤いX-LAYから――
「ノゾミ=コウガ、行きます!!」
青いX-LAYから――
「ウィンディ=モーン、出ます!!」
2機のX-LAYは、カタパルトから相次いで射出され、蒼い光の尾を引いて、はるか宇宙の闇へと消えていった……
2. PENETRATION
ノゾミの意識に、何かささやくような声がした。
「ノゾミっ? 何ぼーっとしてんのっ!?」
ウィンディからの通信に、彼女はようやく我にかえった。
気が付けば、もう作戦エリア-1に突入していた。
夢から少しずつ目が覚めるように、注意が前方へと向き、精神が戦闘に集中してゆく。
「あぁ、ウィンディ、ごめん。変な――ね、夢の事、つい考えてたの」
はるか下方にフリゲート艦が見える、敵機が迎撃に出てくるようだが、展開は鈍い。建設中の前線基地であるが故に、指揮系統が未完成なのだろう。ロックオンして楽勝で撃破する。
隕石地帯に入った。ロックできない高高度からの迎撃もあるが、攻撃は緩く、ノゾミには、戦闘をこなしながらも、自分の事を考えている余裕があった。
――確かに見たんだ、戦闘の最中に、自分が、平和な国でごく平凡な学生をしている夢を……。私の肩を抱いた、恋人の手のぬくもりさえ、はっきり憶えてる。何故……?
ウィンディが言った。
「例の平和の夢? 夢なんだからいくらでも変な話は出て来るわよ。それより、こんななめた攻撃でも、気を抜いたら、……死ぬわよ」
「いくら何でも、そこまで馬鹿じゃないわ」
小惑星の上空を通る。ほとんど攻撃してこない戦車や砲台を破壊する一方で、ノゾミが求めて止まないのは、どうして自分がその夢を見たのかという理由だった。自分の体験を再構成するのが夢であると言われるが、全く――そんな経験はないのだ。別の誰かの経験としか思えない。……あぁ、でも、ここでこうして戦っているのが、確かに本当の私自身であるはず。
「来るわっ!」
ウィンディの鋭い声が響いた。下方から多数上昇してくる敵機、迎撃してくるロボット群。ちょっと厄介だ、でも、自分たちの戦闘能力の高さを確かめられる程度のもの、つい楽しんでさえしてしまう。
そろそろ建設の進んだ区域にさしかかる。ハッチから出撃してくる敵機もあるが、ロックして破壊するのに不自由はない。と――建造中の小型戦艦が見えてきた。暗号名、デュアルランス。ケーブルで係留されていたのが、どうやら自分たちの侵攻に気付いて発進する気配だ。
2人は戦闘空域まで間合いを詰めた。
「まず動力部を潰して、足を止めるわ!」とノゾミ。
「OK!」とウィンディ。
双胴の動力部を、手分けして片方ずつショットで壊した。次にレーザーランチャーも。しかし「艦橋部のみでの稼働も可能」という予測は外れていなかったようだ。まだ生きている本体に、正面から2人で集中攻撃を浴びせる。が、不意にデュアルランスの前面が光った。
「艦橋部からもレーザー!?」
直感したウィンディは大きく回避した。だが、ノゾミは真正面に構えたまま動かなかった。直後、ほとばしる光がノゾミの機体を覆い隠した。
「ノゾミいっ!!」
ウィンディが叫んだ。が、レーザーが通り過ぎた後には、赤いX-LAYが、全く無傷でそこに存在し続けていた。
「ノゾミあんた、何て真似するのよおっ!? 死んだかと思ったじゃない!!」
「別に……ただ、発光パターンから、機体が入るギリギリの幅はあるかな、って思っただけ」
ヒステリックにわめくウィンディに、ノゾミの動揺など一欠片もない声が応えた。
「それにこれで、かなりダメージを与えられたようだし」
気を取り直したウィンディも、敵の正面に戻ってショットを撃ち続けた。ばらまき弾はどこを狙っているのやら、時々短いレーザーが来るが、ひょいとかわせば済む事だ。ECMの為に発生されているであろう電磁波が、歪んだ空間の中に赤から紫の色を収束させてゆくのを、美しいとさえ思って眺めてしまう――
そして、終幕が訪れた。吹き飛ぶ本体――空間の歪みが元に復する刹那、一筋の赤い光が、宇宙を貫いて消えてゆくのを見て、ノゾミは理由もなく、ぞっとする感触を味わっていた……。
3. G
静寂の宇宙に――ノゾミは本星の重力を感じていた。
いつか――否、すぐにでもその時が訪れるかもしれないけれど、自分が死んだら、宇宙に流してほしいと、周囲には言ってある。そうしたら、一番強い引力を持っている星が、きっと私を呼び寄せてくれる……それと同質の力を、今、感じる。
「迎撃機が来るわ!」
ウィンディの声が、またも彼女の思考をさえぎった。先刻とは比べものにならない敵の編隊が飛来してくる。ノゾミもまた、意識を的確に戦闘に向けた。編隊を撃墜しながら、下方に見える敵の補給コンテナ群を、ロックして破壊してゆく。
「何っ!?」
不意に大型の敵機が行く手を阻んだ。奇妙な外観だ、鱗の鎧で表面を覆っているような……。弾幕の隙間を縫って、ノゾミがショットを浴びせかけた。ウィンディが続こうとする。が――攻撃を止めている時の敵機は、彼女のショットをはじいていた。
「――どうやらあの装甲は、フュージョンガンの攻撃を無効化するようね」
「だったら開いている時に撃てば済む事よ!」
ノゾミのつぶやきに応えたウィンディは、敵の弾をやり過ごすと、速攻で前に出てショットを撃ち込んだ。爆発!
「ざっと、こんなもんよ」
宇宙ステーションに突入したようだ。網の目のように幾重にも張り巡らされたパイプの上に、配置されている砲台と、隠れているロボットと、高空から突入してくる迎撃機とのコンビネーション、全く油断はできない。砲台が切れると――ステーションの網目から、出撃準備にかかろうとする、敵戦闘機の大群が見えた。こちらにまだ直接の危険はない。ウィンディが面白がってロックオンレーザーを乱射し、敵機を破壊しまくる傍らで、ノゾミの思考は、またさっきの重力に舞い戻っていた。
……宇宙に流された私の身体は、気が遠くなるほどの年月の間、長い長い旅をするのだろう。いつか自分を呼び寄せてくれる星に着き、雪のように降りしきる時を、夢見ながら――。ゆらゆらと宇宙を漂ってゆくのは、どんな感じなのだろう――
「衛星に向かうわ!」
ウィンディが先行した。ノゾミもすぐ後を追った。ごうっ、と音をたてるほどのGの中で、視野に大きく蒼い本星が横切っていった……。
戦闘機が来た。今度は本気だ、同高度まで上昇してこようとする。片っ端からロックして撃ち落とす。ほどなく、衛星内部に突入した。
ああ、今私がいるのは、いつか私を呼び寄せてくれる星ではなく、灼熱の衛星なんだね――と、ノゾミは少し悲しげに微笑んでいた。
マグマの中からも、ロボットが迎撃に出てくる。
「気を付けてよノゾミ――」ウィンディが言った。「こんな所から敵がわいてくるって事は、近くに奴がいるのよ」
意識の片隅でなお、いつか自分の肉体が小さな分子に分解されて、求めてくれた星に舞い降り――その至高の存在と一つになる様を考え続けながらも、それはノゾミにもわかっていた。
そして、轟音とともに横合いのマグマが裂け、巨大戦艦が出現した。敵強襲突撃挺・ポセイドン。
レポート通り、装甲はそれほど厚くはないが、重量と引き換えに威力を落としてあるとはいえ、中間子砲や襲い来るミサイルの対空兵装は侮れない。まずは砲台と発射口を潰して元を断つ。
「逃げられる可能性もある――中心部を叩かないと!」ノゾミがブリッジと思われる辺りを集中攻撃する。しかしまだ息の根は止まらない。ぐずぐずしている内に、下部からシャトルが発進、迎撃機をよこしてきた。
「このお…っ!」ウィンディが撃墜に回る。「ノゾミ、早くっ!」
「今やってるわっ!」
不意に、戦艦が推進力を失った。勝負あったようだ。衛星を抜けようとするX-LAY2機の背後で、閃光とともに、大きな爆発音を響かせて、戦艦は撃沈した。
それを喜ぶ間もなく、本星をバックに、味方の艦隊が、敵機動艦隊と交戦している様が見えた。自分たちを侵攻させるために、陽動に出てくれていたのだ。しかしこれはどう見ても多勢に無勢だ。
「くそおっ!!」ウィンディが吠えた。2人ともできる限り、ロックオンレーザーを敵艦に撃ち込んで、何機かは破壊できたが 友軍艦が全滅してしまうのを、ほとんどなす術なく見ているしかなかった。ただ、ノゾミの心の隅には、(あそこに乗っていた人たちも、いつかあの星にたどり着くのかな……)などという、不謹慎な空想があったが……。
それをよそに、
「みんな、ごめんね……!!」と泣きそうな顔で、ウィンディが言い終わったかどうかの内に、幾筋もの閃光が宇宙に走った。
「!!」
光る線で座標が定義され、それは実体を現わした。ギラソル! 空間転移システムを搭載した、敵の防御衛星だ。
「――よくも、やってくれたわねっ……!」
ウィンディが機体中央部の監視センサーに、ロックオンレーザーを撃ち込みまくった。
「とっとと誤作動させて外装はがしてやる!!」
「ウィンディ、危ない!!」ノゾミが叫んだ。
「――っ!!」
彼女が反射的に後退した、次の瞬間、大量の弾が目の前にばらまかれた。ノゾミの声がなかったら、回避できなかっただろう。
「……放熱フィンからの攻撃を止めないと、センサーを撃つのは無理なようよ」
「……じゃあ2人で手分けして、ね」
ノゾミは左側を、ウィンディは右側を、高所に位置するフィンはショットで、低高度のフィンはレーザーで同時攻撃し、破壊した。X-LAYならではの芸当だ。
「これで邪魔は――」
ウィンディが意気込んだ時、不意に機体側面が緑色に光った。レーザーが来た。
「ふん! どこ狙って――、っ!!」
レーザーは正確に青いX-LAYめがけて軌道を変えた。ホーミングだ。危ういところでやり過ごした。
その間にノゾミは、監視センサーを集中攻撃し、見事、機体の外装を消失させていた。
「今だ!」
センサーに何本ものロックオンレーザーを2人同時に叩き込んだ。しかし
「!? はじかれたっ!」
レーザーが滑るように的を外され、ギラソルの外装が元に復した。
「そんなっ、これだけ集中させても効かないなんて――」
「そういう時は効くまでやるのよ!」
うろたえるウィンディにノゾミは鋭く言った。ホーミングレーザーをかわしながら、2人で中央部にレーザーを撃ち込み続けた。
3回、外装を消失させたところで、ようやく決着がついた。部品がばらばらに分解し、本星の重力に引かれて、大気との摩擦で赤く光りながら墜ちてゆく――そして、爆発!! 一瞬、総てが白い閃光に飲み込まれた。その後には、何も変わらずに青く輝き続けている本星が、2人の侵攻を待ち受けていた。
4. VISION
たった今ギラソルを焼いたばかりの大気に、今度は自分たちが焼かれる番だ。
大気圏突入――細心の注意を払って機体を制御する、空気抵抗を最小限に食い止めるように……それでも炎が機体を包む、あたかも本星が自分たちを拒否するかの如く。だが、懐にさえ入ってしまえば、機体は風に乗り、空を舞う。敵地だというのに、流れる風の音を心地好いと感じてしまうほど――。
白い雲海の上、ノゾミは、作戦開始時と同じようなささやきを聞いたと思った。
(自分はまだ、幻想の中で戦っているのかもしれない――)
それをウィンディに話す暇もなく、高空から迎撃機が舞い降りてきた。降りてくる順に撃墜する。が、小型迎撃機が切れると、4本の足をうごめかせる大型迎撃機が降下してきた。足の先から放たれる、短いレーザーの狙いは的確だ。
「やっぱり足を壊すのが先決よね、これ」
ウィンディがレーザーを切り返しながらショットで足を撃った。ノゾミはロックオンレーザーで本体を撃つ。
と、敵は足の動きを不意に止めた。こちらに向かって、固定――次の瞬間、長いレーザーを射ってきたが、ノゾミは正面から本体を撃ち続け、敵を破壊した。
「……レーザーの間に入るのって得意ね、ノゾミ」雲海を抜けて、海と大地と浮遊陸をのぞむあたりで、ウィンディは半分あきれたように笑った。「本当怖いもの知らず」
「死ぬのは怖いと思ってないもの――」死んでも宇宙を漂うだけだから、と改めて伝えるのはやめておいた。
浮遊陸上空を飛ぶ。高空から迎撃する、ホーミングミサイルを撃ってくる飛行体は、ちょっと耐久力が高くて厄介だ。陸に待ち受ける砲台と、裏から上昇してくる迎撃機は、レーザーで破壊する。
そろそろ手応えのある攻撃になってきたのを、ウィンディは逆に楽しんでいるようだ。ノゾミもまた、この浮遊陸に湖まであるのを、珍しげに眺めてしまう。きらきらと光る雲と、流れる水音。攻撃さえなければ、案外いい風景かもしれない。
それでも―――、
弾をかわして、敵を破壊するという行為、死と背中合わせでも、スリリングで楽しい、と思う一方で、ノゾミの脳裏には、常に一つの疑念があった。
こうやって何かを破壊するごとに、自分の中からは、何かが失われていっているのではなかろうか?
良心、という言葉がよぎる。破壊は、悪い事 ――否、これは自分の任務なのだ。しかし何も感じないなら感じないで、自分は人間ではなく、戦闘機械・アンドロイドか何かではないのかとも思ってしまう……。いつか見た幻視、銀色の顔の自分。
「ノゾミ!」
ウィンディの声がした。彼女はよくよく人の思考を中断するのが得意だ。
「無駄話なんて論外だけど、あまり黙ってると、機械が一緒に戦ってるんじゃないか、って思うよ?」
「……そうね。ごめん」
自分の考えている事を知っていたかのようなウィンディの物言いに、ノゾミは複雑な笑みを浮かべた。
「ウィンディ――」
「何?」
「私たちのしている事って、間違いじゃないよね……?」
「……あ・た・り・ま・え・よ」ウィンディは断言した。「任務だもの、何を気に病む事があるの? どうせならいっそ、楽しんでしまった方がいいわ」
「そうね。ありがとう」
ノゾミも心を決めて、雑念を頭から追い出す事にした。気持ちいいと思うものは、それでいいじゃない――。折しも、浮遊陸に基地と大量の砲台が待ち構えていた。対空砲火の嵐、でも舞うように避け切って、レーザーで全て破壊し尽くした。自分たちの攻撃の鮮やかさに、感心してしまうほどに。
陸が切れた。だが、まだ降下させてもらえそうにはない。下方に大型飛行体が見える。ギガ――だ。大気圏内における敵防空システムの中核的存在。急上昇をかけてきたのだろう、轟音とともに大気が震える。そして、雲を突き破って、2人の前にその巨大な姿を現わした。
中間子砲の攻撃をかわしながら、この巨体のどこを攻撃すれば撃墜できるのかと、2人は考えた。ポセイドンほど分かりやすくはない。
「もしかしたら――」ノゾミが機体を滑らせて、機体中央から下に延びるシャフトの、先端に装備されている発光体を、ロックオンレーザーで撃った。ダメージを与えるごとに発光パターンが変わり、シャフト全体が震える。「急所かも、しれないわ」
「それならノゾミ、任せたわよ。私は少しでも対空兵装を潰す!」
ウィンディが翼の砲台を壊して、同時に中間子砲の注意をそらす。ノゾミは弱点攻撃に専念する。ギガのブースターが火を噴いたが、間にいればどうという事はない。だが問題は次だった。正面に大量に機雷を投下してきたのだ。
「くっ……撃ち切れないっ!!」
ノゾミが追い詰められた声を出した。だが、脇に逃げれば翼のレーザー攻撃が待っている。しかもその砲台ときたら、
「ええっ!? 再生するなんて、ずるいわよぉっ!!」
ウィンディも悲鳴をあげた。
「こうなったら中間子砲の方を狙ってやる!!」
機雷の切れ間を縫って、中間子砲にロックオンレーザーを撃ち込む。しかしこれもまた――
「――っ、なんでこんなに硬いのよ!? ああっもう、やってられないわっ!!」
敵レーザーのパターンが変わった。長いレーザーが、何かに反射して、直角に曲がってくる。せめてもの救いは、狙いが当てずっぽうだという事か。
結局は、持久戦になった。ブースター攻撃が来ようが何をしようが、ノゾミはシャフトを撃ち続け、ウィンディは中間子砲を狙った。やっとの思いでウィンディが中間子砲を破壊し終えたと同じくらいに、シャフトが壊れ、機体全体が誘爆を起こして、ギガはようやく雲海の下へと、真っ二つになって墜ちていった。
5. CRACKING!
「雲の下へ――」
ウィンディの呟きを聞き、彼女の機体に追従するのが、今のノゾミには精一杯だった。
作戦が始まってから今まで、時折聞こえていた声も感じている幻想も、客観的には存在していなくても、自分の精神の中には間違いなく存在している、しかもそれらは、笑い声をあげる悪夢のように、だんだん強くスピードを速めて、ここで戦っている自分に接近してきている!
高高度の迎撃機を破壊してゆくウィンディが、ようやくノゾミの異常に気が付いた。
「ノゾミ……!? やだよこんな所で、気を逸らすのはいい加減にしてよ……!」
ウィンディの悲鳴に、まるで目覚ましを止めて時間を見て我にかえるように、ノゾミの幻覚が途切れた。現実に立ち返れば、暗い大気の中、本星の地表に多数の戦車や、塔のような砲台が待ち構えていた。ハッチからはロボットも迎撃に出てくる。エリア2の物より耐久力も高い。
「ごめん――ごめん、ウィンディ。でも……聞いてっ、抑えられないの、自分の中から別の気持ちが持ち上がってくるのが……!」
川を越え、移動用のレールが近付いてくる。戦車と、砲台と、ロボットと、上昇してくる敵機。正直弾避けと破壊で手一杯のはずなのだが――
「ノゾミ、あなたそんなに死にたいのっ!? 抑えられないなら放っておきなさい。でもね、自分が生き延びて任務を果たす事、それが一番大事なのは分かっているでしょう!?」
「分かってるよ! けど――」ウィンディがちらりとモニターで見たノゾミの顔には、一面に困惑が広がっていた。「色々な世界にいる自分を感じるの。何が本当の自分なのか分からなくなるほど――!」
「ノゾミ――」なお不安定さを見せているノゾミに、ウィンディの今までになく真剣な声が届いた。「ごめんね……それが見えていない私に、あなたの苦しみが分かる、なんて言えない。ただ、これだけはわかって、私にとってあなたは、一緒に戦っているただ1人の仲間なの。そのあなたをそんな事で失ってしまいたくない。だから――」
そして彼女は声に力を込めた。
「さあ、選びなさい!! ここで戦っているのが本当の自分なんだって!」
徐々に混乱の渦に落ちていきそうになるノゾミに、そのウィンディの言葉は、自分を現実につなぎ止めるよすがに思えた。すかさずウィンディがたたみかけた。
「踏ん張れ、ノゾミ……!」
相も変わらず聞こえる笑い声、だが、それを何とか無視する事に、ノゾミは成功した。(そうよ、踏ん張れ、ノゾミ)と、自分に言い聞かせて。何が見えようとも聞こえようとも、自分がここにいる事だけは確実なのだから……。
その一方で、レールが塔状の基地へと集約されてゆく。そこが戦車群の出発点だったのだ。砲台を手に掛けつつ、タワーの中心部に2人でレーザーを撃ち込み、破壊された基地は、レールごと大地へと崩れ落ちていった。
と……空気を震わせる振動と共に、眼下に巨大な地割れが発生した。
「行けるわね? ノゾミ」
「ありがとう。大丈夫」
まるで、自分の意識の裂け目に落ちてゆくようだ――と思いながらも、平静を取り戻した顔でノゾミは応え、2人は迎撃機を撃破して、地割れの中へと侵攻した。しかし敵の展開は早い。地上からも地割れの中からも、ロボットの緊急発進だ! レーザーで撃破し切れなかった分は、ショットで破壊する。
しかし、存在する事は分かっていたが、実際に見ると想像を絶する威圧感を持つ巨大な敵が、そこには待ち受けていたのだった。
地の底から、地割れをよじ登り、四足歩行の特異な姿を現したのは、G.P.M.S.-2。崖へと力強く突き刺す脚は、この先は通さないという強固な意志を示しているかのようだ。
脚部だけでも破壊すれば――2人で手分けして前脚を撃つ。誘導型レーザーを避けなければならない訳だが、炸裂型プラズマ機雷が多数投下されるため、誘爆が怖くてうかつにショットも撃てない、本体への攻撃チャンスはどこに……。脚に付いているレーザー発射口が先に、次に前脚2本が壊れ、後脚2本が残った。移動は封じたと見ていいだろう。
攻撃しながらも、その不安定な有様を観察していたノゾミが、ふと思い付いたように呟いた。
「……もしかしたら、あと1本脚を壊せば、本体が自重で落下するんじゃないかしら」
「え?」
――ウィンディが聞き返したのと、後脚のレーザー発射口が壊れたのが同時だった。
敵の攻撃がとたんに派手になった。激しいばらまき弾に次いで、緑色の速いレーザーを矢継ぎ早に繰り出してきたのだ。どうやら追い詰め過ぎて、相手を本気にさせてしまったらしい。
「そういう事はもっと早くに気が付いてよ、バカあっ!!」
思わず叫んだウィンディが、後脚を壊したところで、決着が付いた。崖に突き刺さった脚1本を残し、落下した本体は、崖下に墜落して、閃光と共に爆発して砕け散った。
6. INTO DARKNESS
崖下へとふわりと降下し、地下都市の風景が視野いっぱいに拡がった瞬間、ノゾミは自分が宇宙にいるのではないか、という軽い錯覚を覚えた――。
といって、夜間飛行を楽しませてもらえる訳がない。眼下には大量の敵機が、フォーメーションを組んで待機している。一方的にレーザーで破壊してゆくが、向こうもこちらに気付いたらしく、上昇して迎撃をかけてきた。
実は、ノゾミの幻覚が意識から去った訳ではなかった。だが、この宇宙にも似た光景の中では、それは先刻のように混乱をもたらすものではなかった。
闇の彼方へと解放されてゆくイマジネーション。ありとあらゆるものを創造するはずの空間から――高層ビルの谷間からわいてくるのは敵機ばかりだけど、こっちにはロックオンレーザーがある。上昇してくる前にカタが付く。と……
「あ…っ、こいつ、ちょっと頑丈だわ!」
ウィンディが叫んだのは、迎撃機より大型の敵機が、レーザーで破壊し切れずに、同高度まで上昇してきて、爆発範囲の広いスプレッド弾を撃ってきたからだ。
「――邪魔よ!」
ノゾミは弾幕を大きく切り返すと、やや距離を保ってショットを撃ち込んだ。爆発! 地下都市は元の闇へと還る。
高速道路が見えてきた。こちらの飛行速度に劣らない高速で、戦車が多数走ってくる。対空砲火が火を噴く、だがかいくぐって砲塔を、本体をレーザーで破壊してゆく。特にウィンディは、戦闘機乗りの快感を強く実感していた。
「パイロットって、これよねぇっ!!」
はしゃぎ気味のウィンディの声を、(私にとっては、少し意味が違うんだけどな)と思いつつ、ノゾミは微かに笑いながら聞いていた。だが直後、自分の内にも同質の思いがある事を、彼女は気付かされたのだった。
高速道路の下から、上からも、青いロボットが、次々と迎撃に出てきたのだ。同高度に上がってくると同時に、弾を大量に撒いてゆくので厄介だ。低空の分はレーザーで撃破すればいいが、いきなり高高度に出られた場合は、弾をかいくぐりながらショットで破壊するしかない。
かなり高いポテンシャルの戦闘能力を要求される局面であるが、ノゾミが操るX-LAYの動きには、舞うような優雅ささえあった。知らず口元に笑みが浮かんでいた。
「ノゾミ、ノッてるわね!」
ウィンディに見抜かれてしまって、ノゾミは少し困ったような微笑みを返した。
今は少しも気にならないよ、自分が戦って敵を破壊している事――。
一気に高度を下げる。見る見るうちに近付く高速道路。戦車とロボットとの戦闘の果て――静かな闇の内に、巨大なハッチが待ち構えている。
「……移動用チューブに降りるわよ」ノゾミが言った。「奴に――気を付けてね」
もちろん、ウィンディにも分かっている。
開いたシャッターの、底無しにたたえられた闇から、急上昇をかけて、その巨体を現したのは、金色の人型機動兵器。コードネーム・オーディン!
現れるが早いか、敵は背中に装備している2門のレーザー砲をこちらに起こし、急速にエネルギーチャージを開始した。2人はそれぞれの砲身に張り付いたが、ノゾミが、
「片方だけでも潰すのが先決だわっ!!」
と直感して叫んだので、ウィンディが加わろうとした直後、砲身から雷撃が放たれた。とっさに横に回避した2人を、今度は弾の嵐が襲った。次いで腕で攻撃してくる間に、2人は態勢を整えた。次は間違えない! 再び構えられたレーザー砲の片方に、2人で集中砲火を浴びせ、1門が破壊されると、敵は勝手にもう1門を切り離してしまった。攻撃パターンを変えるらしい。
放たれたのは何本ものレーザー、次いで「降り注ぐ」という形容が的確な弾の山。ショットをフルパワーで浴びせ続けるも、金色の対レーザー装甲をはがす事さえ困難だ。
「あっ……たまに来るわねぇっ!」
とウィンディがもらした時、敵の指先にエネルギーが収束する気配が見えた。次の瞬間――突き出した腕から、巨大なエネルギー弾が、目の前を覆わんばかりに射ち出された。狙いを定めるかのように弾が止まった瞬間、ノゾミは絶叫していた。
「避けてえっ!!」
2人は全速で機体を振り回し、弾の誘導を回避した。生きた心地もしなかった。だが敵は全く安心する余裕を与えてくれなかった。間髪を入れず、胸からレーザーを雨あられと注いだのだった。
ウィンディのショットが、ようやく肩の装甲を吹き飛ばした。
「――そんなとこを壊したくてやってるんじゃないっ!!」
苛立ちを押さえ切れぬ声で彼女は叫んだ。
敵はこれでもかと言わんばかりに、エネルギー弾とレーザーを繰り出し続けた。2人は装甲のはがれた所に、集中的にショットを撃ち込み続けた。やっとの事で敵を撃破し、残骸が闇に還る様を見ていて、ノゾミは初めて、自分たちは背筋も凍る程の急激な降下をしていたのだ、という事を認識した。
そしてその底に、また備えられていたシャッターが開いた――。
7. Möbius
そこは渓谷だった。機械で構成された崖の狭間。
高高度の迎撃機が飛来する風景の中で、再び悪夢がノゾミを捕らえようとしていた。
色々な世界の自分が、頭から離れない……!
「ノゾミ! どうかしたの!?」
「大丈――夫、ちょっと頭痛がしているだけよ……!」
半端ではなく心配そうに尋ねるウィンディに、ノゾミはそう答えた。本当に、頭痛がひどい……意識を戦いに集中しようとすればするほどに――!!
配備されている砲台やミサイル発射口から、極めて狙いの正確な砲撃がなされる。高高度からもひっきりなしに敵機が襲ってくる。空中と地上の両方に気を配らなければならない。
凄まじい攻撃を辛うじて回避しつつ、ノゾミはもはや、頭に浮かんでくる幻覚からは逃れられないのだ、という事を悟っていた。自分の中の何かと融合している、他の誰かの何か。それが存在する限り、決して抜け出せぬメビウスの環の中にいるように、幻覚は自分を苦しめ続けるのだろう。
ハッチがいくつもある所に出た。ビットを従えたやや大型の敵機が、何機も上昇してくる。視野を覆い尽くさんばかりの弾幕と、指向性レーザーのただ中に2人はいた。ウィンディこそ戦闘に集中していたものの、ノゾミは半分ちぎれてしまったような意識の中で、ただ死なないでいるだけだった。
その放心状態に近い表情を見て、ウィンディは悲鳴をあげた。
「ノゾミ? ノゾミ、しっかりしてよ!! 今あなたにいなくなられたら、こんな所、私1人でなんて、生きていかれないよ……!!」
さらに降下しつつ、そう叫びながらも、ウィンディは上昇してくる敵機を、しっかりと撃破し尽くしていた。
移動用のレールに乗って、大型の迎撃兵器が接近してきた。大きな砲身から、爆発範囲のかなり大きいスプレッド弾が放たれる。
「砲身――を」先刻のウィンディの叫びに、辛うじて戦闘意欲を取り戻した、ノゾミが呟いた。ロックオンレーザーの集中攻撃により砲身は破壊された。しかし敵は今度は、下部から次々と戦車を繰り出してきた。加えて高高度の迎撃機も破壊しなければならない。
「ノゾミ、下は任せたわよ!? 空中機は私がやるからね!」
「…分かった」
ノゾミのレーザー攻撃により、迎撃兵器は爆発して残骸となった。ウィンディだけでは空中機を破壊し切れず、結局ノゾミもショット攻撃に加わった。多数放たれる敵レーザーが、何度もX-LAYの装甲をかすめた。
砲台の設置されているエレベーターに着いたところで、ようやく迎撃機が切れた。砲台を全て破壊し、さらに下部構造へと降りてゆく途中、ノゾミは機体だけでなく、自分自身の精神までもが、得体の知れぬ暗がりに引き込まれてゆく感触を、強く感じていた。聞こえる、私にささやく声が……感じる、引き込む力を……誰が、何のために?
突然の迎撃が、ノゾミの意識を現実へと引き戻した。赤い浮遊戦車が、大量にやってきた。そして前方には、柱で支えられたシャッターが待ち受けている。おそらく、侵攻を阻む要だろう。
「どうしろってゆうのよぉっ!!」
「――柱を壊して、シャッターを全部壊せれば、連結部が下に落ちて、道が開けるはずだわ」
叫ぶウィンディに、まるで遠くを見るような表情で、直感でノゾミは応えていた。ウィンディが、浮遊戦車の砲撃をかいくぐってその通りにすると、見かけよりは先に進めるものだった。
「ノゾミ、あったまいいっ!」
――わざと快活に言ってみせたウィンディの言葉を、ノゾミがどこまで正確に理解しているかは、一見まともそうな、静かな表情からはうかがい知れなかった。
柱地帯を抜けると、再び戦闘機とビットの迎撃があった。本星中心核に向かうべく突破すると、果たせるかな、無人偵察ドローンで確認されていた、大型の防衛システムが設置されていた。核融合炉であると推察される事から、そのコードネームを「ダイナモ」と言う。
戦闘が始まった。中央のレーザー砲台はさて置き、左右の砲台に1人ずつ張り付いて、ショットで撃破を狙うのは、定石通りだ。だが砲台からビットのようなものを吐き出してきた。撃ち切れなかった分から、放射状にレーザーがばらまかれた。
「ひゃあっ!」
レーザーの間に入って避けたウィンディが、冷汗をかく思いで叫んだ。程なく両方の砲台が、相次いで吹き飛んだ。しかし本当の恐怖はそれからだった。砲台の下に、何門ものレーザー砲台が隠されていたのだ!
「もう、本体を先に狙うしかない――」
ノゾミが敵の真正面に出て、ロックオンレーザーで中心部を攻撃した。ウィンディが続く、(何故ノゾミの直感は、いつもこうも正確なのだろう?)と思いながら。
敵の中心部に隙があるうちは良かった。見る見るうちに本体からのレーザー攻撃は激化し、先程のビットまで撒かれてしまった。撃ち切れない! 2人は盛大なレーザーの洗礼を浴びた。
攻撃はなおも、誘導レーザーから、空間を覆い尽くす光弾へと続いた。ノゾミは光弾に誘導性がある事に気付き、大きく回避して引き付けてから、手薄になった本体を集中攻撃した。
「……まだなの!?」長期戦に、ノゾミの表情に焦りの色がにじみだす。
「核融合炉の分際で……!!」ウィンディが吐き捨てる。「いい加減にしろっ!!」
彼女の怒りのレーザー乱射が勝利をもたらした。ついに爆発を起こした本体は、床へと崩れ落ち、惑星中心核への道が開かれた。
8. THE PLOT THICKENS
ウィンディと共に中心核へと降下し、敵機の激しい迎撃にさらされながら、ノゾミは浮遊感にも似た、漠たる不安を感じていた。
こうして物を考えている「自分」の外から、何者かが自分の様子をうかがっているのではないか、と思える。敵機を破壊するたびに――自分の中の何かが悲鳴をあげるたびに、決定的な瞬間が、近付いてきている、という予感。
「ノゾミ、……少しは、良くなった?」ウィンディが心配そうな顔で気遣う。
「うん……多分」
ノゾミの不思議にすっきりとした表情を見たウィンディも、ノゾミ自身も、大丈夫だとその時は思っていたのだ。
通路に入る。大型の迎撃機がふわりと近付いてきた。中心核を守る最後のガーディアンか。
弾を避ける。レーザーをかわす。本体をショットで、足をロックオンレーザーで撃つ。当たり前の行動、与えられた任務の一つ一つが、何故かいちいちノゾミの意識に、葛藤として引っ掛かる。
あまりに数多くの葛藤を繰り返し、ガーディアンを撃破した時、ついにノゾミの意識が〈嫌だ!〉と叫んだ。同時に機体が真っ白な中心核へと躍り出た。
その瞬間に、それは起こっていた。
9. QUARTZ
急速に、ノゾミの身体から力が抜け、痺れるという気味悪ささえ通り越して、末端から体幹へと、感覚が失われていった。
悲鳴にもならぬ、微かな声で、辛うじて口にした。「ウィンディ――」
「ノゾミっ!?」
「……私は、ア………」
「!?」
ウィンディは必死でノゾミの名前を叫んだ。しかしそれきり返事はなかった。顔をモニターしようとしたが、それすら呼び出せなかった。
ノゾミはといえば――この表現は不的確かもしれない。ノゾミの乗っている赤いX-LAYは、何等変わる事なく、いや、さらに研ぎ澄まされた鋭敏さで、戦闘を続行していたが、ノゾミ自身の意識は、その行動には一切関与していなかったのだから。
彼女は今、もう自分で動く事も話す事もできず、その精神は、水晶の輝きのような、透明な淡い光に包まれて、肉体と切り離されて空を漂っていた。
――何もかも、わかった……。
ずっと感じていた幻覚は、自分と融合している、他の誰かのせい――否、自分自身であるのかもしれない。……私はアンドロイド……自分の記憶モデルが持っていた、おそらくは戦闘を忌避する意志と、自分の戦闘行動とのギャップが、思考回路にエラーを与え、葛藤や幻覚という形で知覚されていた。
そして、そのエラーが限度を超えた場合、任務遂行のため、ただ戦闘行動に専念するように、自分の意志に取って代るべく、多分戦闘プログラムがIN PUTされていて――今、発動した。
それなら、今まで懸命に戦ってきた、苦しんできた自分は、何のためにいたんだろう。……悔しいとか頭にくるとか、思ってもいいはずなのに、あぁ……この輝きに包まれていると、そんな気持ちは全然浮かんでこなくて、幸せすら感じてしまうよ。すごく――心地いいよ。
ウィンディが私を呼ぶ声が、ずぅっと遠くで聞こえてる ごめんね……もう応えてあげられなくて……。願わくば、あなたはこんな目に遭わずに、任務を完遂できるよぅ……に……。……
その一方で、ノゾミがこんな事を思っていたとは、うかがい知る事のできないウィンディは、精神をギリギリまで引き上げて、戦闘行動に忙殺されていた。とにかく敵機の数と速さが半端ではない。彼方から飛来する紫色のもの、炸裂するミサイル、正面に射出されるレーザー、十字のレーザーを放つビット、高速接近する迎撃機。背景が見渡す限り、明るい灰色の都市であって、建造中の戦艦が多数存在する、という事を認識するのがやっとだ。
意識の片隅で、(ノゾミは、もう、ダメだ……!!)という、悲痛な思いが叫んでいた。でも、返答もしないのに、彼女の機体は、下手をすると自分以上の戦闘能力を発揮している、というのが不思議だった。
2人の機体は、惑星中心核コントロールタワーを昇っていった。迎撃機を従えた敵機が攻撃に来たが、今の2人の敵ではなかった。やがて攻撃は止み、エネルギー貯蔵庫かと思われる区画に出た。おそらくその頂点に、コン・ヒューマンがいるのだろう。ウィンディは1人、キッと前方を見ていた。ノゾミが、精神は水晶の輝きの中で、いよいよ深い陶酔状態にあって、身体が勝手にタワーを攻撃している事に、気付く由もなく……。
10. THE FATES~DOOMSDAY
タワーを昇り詰めた瞬間、それは激しいノイズと共に姿を現した。コン・ヒューマン。あたかも怒りを表現するかのように、自らと周りの空間を激震させ、完全に実体化すると同時に、敵はその緑色の巨体から、容赦の欠片もない攻撃を繰り出してきた。
今までに見た事もない熾烈な弾幕は、波状攻撃となって2人を襲った。その次は亜空間から敵機を召喚してくる。2人はなかなかロックオンレーザーの攻撃機会を掴めない。
4門のレーザー砲台から、相次いで緑色の誘導レーザーが射たれた。――誘導力がこれまで敵の比ではない!! どこまでもいつまでも追ってくる。逃れる事のできない運命のように……!
ウィンディは必死でレーザーを振り切った。ところが――彼女を諦めたかと思われたレーザーは、ノゾミ機にその矛先を向けた。
「ノゾミ、避けて!!」
届かないと分かっていても、ウィンディは叫ばずにいられなかった。
それまで機械のような正確さで、戦闘を続けていた彼女の機体は、ウィンディの願いとは裏腹に、不意にその動きを止めた。キャパシティを超えるデータを入力された機械が、エラーを出して停止してしまう様に、良く似ていた。
「ノゾミ――――――っ!!」
ウィンディの絶叫も虚しく、4本のレーザーが赤いX-LAYを捕え、機体は木っ端微塵に吹き飛んで、灰色の背景の中に散っていった。意味もなく連射していたロックオンレーザーが、コン・ヒューマンの基部を破壊したのと同時だった。
ただ1機残された青いX-LAYのコックピットで、ウィンディは、激しい怒りと悲しみに身を震わせていた。
……よくも、よくもノゾミを。よくも一番大事な仲間を失う悲しみを私に。これだけ悲しいのに涙が出ないのが変だけど、そんな事はどうでもいい。コン・ヒューマン、あんただけは絶対に許さない。今日があんたの最後の日だと思いなさい!
コン・ヒューマンは基部を切り離して、4本の腕を大きく拡げるかのように変形した。赤い光弾と緑色のレーザーをばらまいたが、ウィンディは「それが何!」と、見切って避けていた。しかし相手も本気だ。腕の先からエネルギー波を放ち、集束させて高重力場を形成した。
「X-LAYの推力をなめるんじゃないわよ!」ウィンディはエンジンの出力を最大にして、機体の姿勢を保ち、腕を破壊して重力場のバランスを崩し、自壊させた。
コン・ヒューマンは、残った腕と余分な装甲を捨て、ついに本体のみとなった。連続して放たれる障壁が、環のようにウィンディを囲む。 環の間に入って紫の光弾をかわしながら、ロックオンレーザーでコン・ヒューマンを攻撃し続ける、ウィンディの頭の中は、自分の行動を正当化する概念でいっぱいだった。
……コン・ヒューマン、破壊へと進化し続ける機械であるあんたに、自分以外に守るべきものなんて、慈しむべき相手なんてないでしょう。でも私には守るべき人間がいる。ノゾミを失った悲しみもある。だから私は、絶対にあんたに負ける訳にはいかないのよ!!
環を破壊し尽くし、連続で放たれる3WAYレーザーを、避け続けるウィンディにあるのは、気合だけだった。そして――狙いすましたロックオンレーザーが、本体に命中した瞬間、コン・ヒューマンは、膨大なエネルギーを収束させ、それが弾けるように、部品をばらまきながら、ついに爆発して消滅した。
コン・ヒューマンを破壊したウィンディは、迷う事なくコントロールタワーへと向かった。本星の破壊、それが私の任務。それに――
(ノゾミ――今、仇を取るからね)
それを実行したら自分がどうなるかなど、全く考えもしなかった。ただタワーに重なった、ロックオンレーザーのサイトしか見えなかった。
瞬間、1人ウィンディは吠えた。
「これで終わりだ!!」
青いX-LAYから放たれたレーザーが、タワーに突き刺さった。爆発の閃光が機体を
包んだ。総てが――轟音と白い光の中に、呑み込まれて消えていった――…。
11. Q.E.P.D.
本星の残骸である隕石と、宇宙に包まれて、ウィンディは目を覚ました――
……気が付いたら、X-LAYのキャノピーが全部ふっふっ飛んでいて、私はコックピットに座ったまま、直に宇宙に触れていた。機体どころか、身体もロクに動かなくて、でも変だ、何で私平気でいるの? それにこの身体、腕が丸ごと外れて、コードや機械がいっぱい出てる。この状況で生きているなんて、人間じゃないよ。
あぁ―――あの時ノゾミが言い掛けた言葉、やっと、わかったよ。
……私は、アンドロイド……。
ノゾミを失いたくなかった事、悲しかった事、戦おうと思った事……私の使命感も感情も、みんなみんな、造り物だったんだ。多分、ノゾミの記憶モデルが最高の戦闘能力を持っていて――勘が異常に良かったのも頷ける――、でもああいう性格をしてたから、彼女をフォローするために、私がこういう性格で造られたんだろうね。
あは、は……笑っちゃう。笑うしかないじゃない。さんざんコン・ヒューマンたちをコキ下ろしてきた私自身が、単なる破壊兵器に過ぎなかったなんて。人間は、自ら生み出した
それなのに――何なんだろう、私を包む星空の美しいきらめきと、この満足に満ちた達成感は。これもきっと、任務達成時のご褒美として、そう思えるように、人間が私にプログラムした結果でしかないんだろうね。でも、腹は立たない。全てが造り物の感情であっ
たとしても、どれも、これも、みんな私にとっては、真実の現実だった!
ねえノゾミ――死んでしまったもう1人の私。
あなたよく話してくれたね、自分が死んだら宇宙に流してもらって、いつか肉体が分解されて分子になって、一番強い力で求めてくれた星にたどり着く、って。
……この機械の身体が、小さな分子に分解されるまで、どれ位の時間がかかるか分からないけど――
ノゾミ、私たちって、人間と同じように、あなたの夢見たその星に、たどり着く事ができると思う……?
…きっと、行けるよね。
私たちは間違いなく、人間として生きて戦ったのだから。
さぁ……、隕石を伴にして、流されてゆこう、重力の呼び寄せるまま――。
HUDに、〈MISSION COMPLETE〉の文字が、辛うじて映っている。任務完了。私が造られた役目は終わったんだ。
その表示が収束されて消えてゆくと、ダメージサインで真っ赤になっていたパネルが、
〈SYSTEM DOWN〉の表示を最後に、暗くなって消えた。
今度は私自身の視野が狭まってきた。
……怖くなんかない、怖くなんかない――よ、死ぬんじゃなくて、機能を停止するだけなんだから……
モニターの電源が落ちる時のように、意識が暗黒に閉ざされて、そして、
〈FIN〉