1994~97年当時、まだインターネットが普及しておらず、パソコン通信でさえ先進的だった頃、レイフォースは無限の可能性を秘めた遊び場でした。そこには「Con-Humanの暴走」などという文言はなく、手元にあるのはサウンドトラックと、それに同梱された設定資料集「RAYFORCE MISSION DATA FILE」のみ。レイフォースを愛してやまぬプレイヤーたちは、パソコン通信の掲示板で各々の想像を大きく羽ばたかせては激論を展開し、パイロットに好き勝手な名前をつけて愉しんでいたのです。
そんな中で、レイフォース開発スタッフのひとりであるKさんはこう言われました。「レイフォースには、プレイヤーの数だけストーリーがある」、と。
 
そして私たちは、ZUNTATAが制作したレイフォースのビジュアルクリップにさらなる刺激を受け、ひとつの物語を作りだそうとしました。
「…with RAYFORCE」の巻末では、こう予告しています。

ビデオのパッケージに「- これを視ずして “RAYFORCE” を語る事なかれ- 」と書いてあるのだが、全くもってその通りで、TAMAYOさんのコメントは、単なる抽象的一般論ではないのである。
年表やステージ進行、コン・ヒューマンの攻撃パターンに隠されていた、驚くべき重大な秘密とは!? 昏睡状態のままの技術者の娘を、見守り続ける1人の女性……そして、記憶モデルの意志と戦闘行動との間で揺れ動く、F04の想いの行き着く先は───!!
ビジュアルクリップの完全ノベライズに加え、「軍産複合体の陰謀と策略」についてまでも大胆に推論。

タイトルは、「two-facedness」としました。
 
ですが、1998年にレイクライシスがリリースされ、私たちの計画は大きく狂いました。レイクライシスはレイフォースの前日譚とされ、そこでは「Con-Humanの暴走」の理由までもが設定として述べられていたからです。
――タイトーが出した「公式」見解に逆らってまで、これ以上レイフォースを語る必要があるのだろうか。
折悪しくプライベートでの大小のアクシデントも重なり、執筆は完全にストップ。原稿はお蔵入りとなりました。
 
ですが今、私たちはいまだ迷いながらも、「否」という答えにたどり着こうとしています。
レイクライシスという枠にはめられた世界には、もはや想像する余地はほとんど残されていません。片や、私たちの胸には「プレイヤーの数だけストーリーがある」というKさんの言葉が残っています。その意を汲むならば、レイクライシスとてレイフォースにとってはひとつの可能性でしかないのです。そして何より、あの頃に拡げた自由な想像の翼が、決められた枠に収まることを良しとしなかったのです。
 
私たちは、Kさんをはじめレイフォース開発スタッフの皆さまが残してくれた大いなる可能性を尊重し、レイクライシスの設定に拠らないまったく別の大きな「仮説」を打ち立てたいと思っています。それは1994年、リリースされた時からレイフォースを想い続けてきた私たちだからできること――そして、唯一レイフォースしか手にすることができなかった、小蕪の願いなのです。
 
しかし、90年代ははるかに遠くなり、レイクライシスの設定が定着しつつある今、一度挫けた想いを立ち直らせるには強い力が必要です。
もし、私たちの「仮説」を読んでみたいという方がいらしたら、どうかご声援をいただけないでしょうか。期待していただける言葉があれば、それは私たちの励みになります。
 
閉じてしまった「RAY」シリーズを語るのではなく、開かれたレイフォースの世界を、私たちはもっともっと、多くの人と語りたいのです。

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