AREA 0――THE FIRST REPORT

 闇の彼方から、敵機が飛来してきた。フュージョンガンを放つ。命中!
 なおも飛来する敵を、軽々と機体を振って撃破する。
 大きく旋回して、攻撃目標を探す。
 ――突然、何条ものレーザーが空を裂いた。見付けた。ショットを放ちながら、レーザーの間を縫うように抜け、射程距離内に捕らえる。
 HUDにロックオンレーザーのサイトが浮かび上がった。レーザー発射態勢。確実に狙いを定める……〈LOCKED〉、ロックオン完了の告知音が響いた!
「くっ!」
 カバーを外し、レーザーの発射ボタンを押した。後方から光の矢が放たれ――真っすぐに攻撃目標に命中した。
 爆発!!
 ――〈STAGE CLEAR〉の文字がHUDに表示された。と同時に、外からメッセージが入った。
〈マニュアルでの操作はこんな感じだ。いけるな?〉
「大丈夫です。全く問題ありません」
〈そうか。――では、今日のシミュレーションはここまでとする〉
 ……周囲の星空が消えて、部屋は灰色の壁に戻った。シートから赤いパイロットスーツに身を包んだ、長髪の女性が降り立った。つまりはフライトシミュレーターだったのだ。
 指揮官が『彼女』を迎えてねぎらった。
「まあ、C.L.S.が正常に作動すれば、マニュアル操作などは必要ないんだが、一応ね」
「えぇ。余程の事がない限り、使わないとは思いますけどね……」
 

AREA 1――RED POWER TO PIERCE THROUGH

 作戦エリア-2へと陽動に出てくれた艦隊から離れ、ただ1人、長い長い凍てついた闇を飛び続け――私はようやく作戦エリア-1へと到着して、航行速度を緩めた。
 ロックオンレーザーの射程距離内に、駐留しているフリゲート艦が入ってきた。前方から迎撃機を出撃させるようだ。……いよいよ、私の戦いが始まる。迎撃機を残らずサイトに捕らえ、レーザーを放った。光の矢が闇に吸い込まれるように飛び、全機を撃墜した。
 私は機体を大きく振って、できる限り多くの迎撃機とフリゲート艦をロックオンし、全てレーザーで破壊した。と、上空からも攻撃機が来た。正面に構え、ショットを撃った。私から放たれるエネルギー流が、隕石を、敵機を粉砕していった。
 ――この「私から」という表現は比喩ではない。「私」の本体は人間の女性の姿をしている……否、私自身は人間の女性であり、身体を機械化した訳だが、私の自己認識は今、搭乗している機体:RVA-818 X-LAYそのものになっている。C.L.S.が私の脳と、機体全体を接続しているのだ。だから機体を振るのは、走ったり手を動かしたりするのと同じ感覚で、ショットやレーザーは、例えば私の手や背中から、気を集中して放つようなものだ。
 大型の敵機がすべるように近付いてきた。接近してショットを撃ち込んだ。爆発! 目の前で残骸が飛び散るのを見ながら、一渡り周囲を確認した。本星を囲むリング状の小惑星帯。間もなく到着するであろう、敵側の最前線防衛基地を突破するのが、さしあたっての目標だ。ちなみに、この「一渡り」というのも、別に目で見渡した訳ではない。機体のセンサーが捕らえた、全方向360°の情報が、コンピューターで処理され、私の意識の中で、空間として認識されているのだ。便利なものである。
 戦車が待機しているが、攻撃はしてこない。元から無能なのか、不意を突かれたのか、どちらにしろ好都合だ。機体を滑らせて、外れそうな岩塊ともども、ロックオンして破壊した。……比較的近距離だと、レーザーは螺旋に近い弧を描いて、ロックした対象物に突き刺さる。私にはそれを美しいと思って眺める余裕すらあった。
 あら、砲台には攻撃能力があったのね。右に1つ、左に1つ、中央にも迎撃機の編隊が見える。右から左へ……っと、レーザーで一網打尽だ。
 左右の斜め前方から、戦車が集結してきた。8機、ちょうどいい。申し訳程度の攻撃を意に介さず、順にサイトに収め、1回のレーザー発射で瞬時に撃破した。これでこそX-LAYだ! 八方にレーザーの飛ぶ様は、花火のように美麗だった。
 後に続いた戦車も、弾を難なくかわして全機破壊。――っ、中央下から敵機の迎撃、速いわ。でも一直線に飛んでくるのが致命的、勝手にロックできちゃったじゃないの! ついでだから、建設中の部品も壊しておいてあげるわね。
 スペースベースに到達。ロボットに砲台の迎撃か、少しはらしくなってきたわね。空中に待機していたロボットを、ショットの集中攻撃で破壊した後、基地を砲台やロボットもろとも、レーザーで攻撃し完全破壊した。
 ハッチがいくつもある所に出た。敵機が迎撃に出てくる。でも、上昇される前に、ロックしてしまえば勝ちなのよ! 空中にいくつも爆発の華が咲き、ハッチは残らず残骸と化した。
 作戦中とは思えない程、楽しんでさえいた私の意識に、前方からプレッシャーがかかった。――いたわね、建造中の小型戦艦、コードネームはデュアルランス。小型、といっても、X-LAYと比べれば十分巨大……でも間違っても、こんな所でやられる訳にはいかないわ!
 繋留用のケーブルを切り離して、浮上してきた敵と、戦闘態勢に入った。――予感として、レーザーランチャーを先に叩いたほうが良さそうね。ショットを! 弾をかいくぐりながら、左側のパーツを順々に破壊した。
 と、敵はバランスを保つためか、右側のパーツを全て切り離して、艦橋部のみでの攻撃に移った。成程、艦橋部のみで稼働できるのなら、動力部なんてさして重要ではないって訳ね。―不意に敵の前面が光り、高エネルギー反応が生じた。
「――来るっ!!」
 大きく回避した瞬間、青いレーザーが奔流のように放たれた。同時にばらまかれた弾をやり過ごし、正面に出てショットで集中攻撃をかけた。――だって、正面からは短いレーザーが来るだけで、弾は全部外側に向かって飛んでいくんだもの。確認されていた通り、空間が歪んで、赤系統の色が収束されてゆく……綺麗ね……。
 ダメージが限界値を超えたのか、敵は大爆発を起こして、宇宙の塵になった。
 空間の歪みが元に復する刹那、赤い残光が一筋、正面の闇を貫いて消えていった。
 

AREA 2――THE GRAVITY OF BLUE SIDE

 360°の静寂の宇宙に、今、包まれて――彼方から、感じるのは……
「はっ!」
 敵機が多数、編隊となって飛来してくるのが知覚された。迎え撃ってショットで撃破する。左から――右から――そして正面!
 下方には敵のコンテナとおぼしき物体も見える。もうショットは射ちっぱなしだけど、レーザーでもやれるだけの事はやっておかないと。ところが、大型の敵機が登場すると、羽を広げるように展開して、弾をばらまいてきた。しかも弾を出さずに閉じている時は、ショットを受け付けないときた! 3方に同時に気を配り、編隊が切れるのとコンテナがなくなるのと、大型機を撃墜できたのとが同時くらいだった。
 でも、そのさなかに、ずっと感じていたのは、本星の重力だった。いつか私を呼び寄せる、と想像していたのと、まるで同じ力を……。
 宇宙ステーションの上空に差し掛かった。迎撃機の攻撃の間を縫って、設置されている砲台と、背後で待機しているロボットを、レーザーで破壊する。なかなか戦略的な配置をしたものね。
 そんな作業を繰り返す間にも、私の意識の底で流れ続ける空想――今、なんて冗談じゃないけど、いつか私が死んだら、宇宙葬にしてくれるようにと、遺言状には書いてある。そうして流された私の肉体は――
 ステーションの編目の向こうに、衛星と待機中の戦闘機の大群が見えた。こちらには気付いていないのか? 少しでも戦力は減らさせてもらう! レーザーのフルスペックで敵を打ち砕く。
 編目を抜けて衛星へと向かう。聴覚センサーが悲鳴をあげかねない、強烈な横Gの中、蒼い本星が、大きく眼下を横切っていった……。
 ――私の肉体は、一番強い重力に向かって、長い長い旅をするのだろう。けれどそれはきっと、間違ってもこんな急激なものではなく、ゆらゆらと漂うようなものであるはず。
 左後ろから戦闘機の編隊が急接近してきた。今度は迎撃だ! わざと後方で待機し、サイトに入るはじからレーザーで撃墜していった。
 衛星内部に突入――「星」と1つになってゆく様に、私は自分の究極的な目的を、二重写しにしていた。……そう、私を求め続けてくれたその星に、空間と時の永劫の彼方でたどり着く。こんな機械の身体でも、その頃には、もうすっかり小さな分子に分解されていて、きらきらと雪のように……
 なのに衛星内部でも敵の攻撃はある。高空からの迎撃機はショットで、上昇してくるロボットはレーザーで撃ち落とす。
 そして自分とその星が融合する至福の瞬間を想像した、丁度その時、横合いのマグマが轟音と共に裂けた。
 来たか、ポセイドン!! 衛星内部に駐留する強襲突撃艇!
 中間子砲の装備は分かっていたから、出現と同時にロックして破壊した。ホーミングミサイルをショットで撃ち落としながら、発射口をレーザーで撃つ。しかし、大きい! レーザーをフルに使っても撃ち切れない。ブリッジを狙えば、あるいは――何、また中間子砲が……! しかも下部からは、シャトルに乗って迎撃機のお出迎えときた。レーザーで墜としきれなかった敵機からのミサイルが、何度も機体をかすめた。こうなったらブリッジを――!! レーザーの砲撃を集中させた。
 不意に船体の推進力が失われた。勝負あったか――。「海神」は爆発を起こしながら、元のマグマの海に沈んでゆき、衛星から抜けようとする私の背後で、閃光を放ったのが断末魔だった。
 ――しかしその達成感を味わう時間は与えられなかった。はるか下方には、本星をバックに、陽動に出てくれた艦隊と交戦する、敵機動艦隊の大群が……!! 作戦自体は成功と言えるのだろう、私は機動艦隊の攻撃にさらされずに済んだのだから。でも、これはっ、「交戦」なんて言えないわ。数が違い過ぎる、一方的にやられてる――!!
(少しでも何とかできれば……!!)泣きそうな思いで、「乱射」と言っていいくらいにレーザーを撃った。レーザー砲がきしむのも顧みず。8本もあるレーザーでも、全く追い付かないのが腹立たしい。ああ、必死の通信が聞こえているのに……! そして――私の目前で、ほとんどなす術なく、味方の艦隊は宇宙の藻屑と消えた。
 残酷な静寂の中で――犠牲になった仲間への悼みと、せめてその意志を受けて本星へと降下しなければ、という強い意志を、突然の、後方から目前へと走る、何十本もの光が切り裂いた!!
 線で座標が定義され、実体化したのは、敵の防御衛星、コードネーム:ギラソル! そうか、これが空間転移システムか……!
 これは、弔い合戦だ! 弾をばらまく大型のフィンをショットで撃つと同時に、手前の小型のフィンはレーザーで潰した。左が終わったら右。中央部の監視センサーに、攻撃を集中させるのはそれからだ。――よし! 敵の側面から放たれる誘導レーザーをかわし、センサーにロックオンレーザーを叩き込んだ。
 かき消すように機体の外装が消失した。今だ!! センサーしか見えないほど集中して、レーザーを矢継ぎ早に撃ち込んだ。が、不意に空間が歪み、ロックして射ったはずのレーザーが、すべるように弾かれて、外装は元に復してしまった。一度やそこらでは通してもらえないらしい。
 誘導レーザーの攻撃が激しくなる。大きく切り返してレーザーを背後にやり過ごし、再び外装を消失させて、ロックオンレーザーを撃ち込みまくった。――外装が復した!? いや、内部爆発を起こして、空間転移が利かなくなったんだ。
 制御を失った敵は、部品をばらまきながら、ゆっくりと本星の重力に引かれてゆき……摩擦熱で焼かれ、空に赤い輝きを広げて――
 次の瞬間、大爆発が起こった。全ての視覚センサーが振り切れて、世界全体が真っ白な閃光に包まれた。それが収まった時、もうギラソルの姿はどこにもなく……ただ蒼い本星が、重力を放ちながら輝いているばかりだった。
 

AREA 3――THE PHANTASM OF SILVER

 空想ではなく、現実に重力に呼び寄せられるまま、本星へと降下。大気圏突入だ……!
 全神経を集中して、指先を細かに動かすかのように、機体各部の姿勢を制御する。やがて大気との摩擦熱が、X-LAYの装甲を焼き始めた。熱い――気体の分子一つ一つが、機体表面に当たるのが、痛みとして知覚される程に! もちろん温度センサーの感度は抑えてあるが、摩擦を最小限に食い止めるために、センサーを切る訳にはいかないのだ。
 数瞬の灼熱地獄が、少しずつ、流れる風の感覚と入れ替わっていった。およそ無茶苦茶な温度差が存在するが、センサーの感知温度範囲をスライドさせていけば、機体に触れる風は心地よく、今までに感じた事のない、大いなる「空」の感触が私を包む……。
 といって、もちろんこの感覚に身を委ねる暇が与えられる訳がない。後高空から、戦闘機が次々と追尾してきた。――いらっしゃい、正面に下りてきたら、全員ショットで撃ち落としてあげるから!
 が、敵の抵抗は意外に弱かった。眼下に流れる雲の上、撃ち切れなかった敵機が撤退する。何故? ――理由はすぐに分かった。再び後方から接近してきたのは、4本足の大型の敵機。蜘蛛のような足をうごめかせながら、レーザーを見舞ってきた。足をショットで破壊すると同時に、本体をロックする。
 足の動きが止まった。
「何か来る!!」
 とっさに外側に飛びすさった直後、緑色のレーザーが空を裂いた。……そんな物騒な足は外させてもらうわね! ショットで足を吹き飛ばし、攻撃が弱まった瞬間に、本体へ攻撃を集中させた。撃墜!! 雲の切れ間から覗く、深い青色をした海へと、その巨体は崩れ去っていった。
 浮遊陸上空に出る。下後方から、散開する敵機の編隊か――サイトを! 全機撃破できるかと思ったが、1機、間に合わなかった。そのまま飛んでいってしまったので無視したが。
 大地と陸と雲と、自分が空を飛んでいるのだと実感する。浮遊陸下方から上昇機、陸には戦車、ともにロックして破壊する。!? 同種の迎撃機が高空からも……ショットに対する耐久力が高い上に、ホーミングミサイル搭載だなんて! この型は、接近即破壊しかないわね。
 あら、この浮遊陸の上には湖もあるのね。流れ落ちる滝の水音、観光名所にもなりそう……敵機さえいなければね。―――!! さっきの迎撃機の編隊! もうこうなったら撃ち切れないわ、ミサイルを確実にかわすしかない! 戦車をロックして壊しておくのは当然ね。
 ……気を抜く暇もない迎撃に対応しつつ――この、爽快感さえ感じている気持ちは、何なのだろう? 自在に空を舞う事、それはある。攻撃をかわす事、それも。それ――敵機を破壊する事。
 破壊本能、か……しかし――それでは私のやっている事は、敵である機械とまるで同じなのではないだろうか? 敵機を破壊するごとに、自分はある意味で、機械に近付いてゆくのではなかろうか? 今の私の「身体」はX-LAYだし、本体自体も、脳以外はほとんど機械なのだし……
 いいえ――余計な事を考えるのは止しましょう。気持ちいいと思うなら、そのまま戦っていればいい。それが任務に必要な事、私が生き延びるのにも……都合のいい幻想にだまされたまま、風に抱かれて駆け抜けて――
 連結部で支えられていた小大陸を、レーザーで落下させた、その向こうに基地が待ち構えていた。嵐の砲撃――でも横にするりとかわして、お返しにレーザーを、これでもかと言わんばかりに浴びせかけた。
 浮遊陸が切れた。見えるのは遠く大地と、横に広がる雲……だけではない。奴が――来る! コードネーム:ギガ、敵防空システムの中核である、大型飛行体。はるか下方に姿を浮かべ……こちらの存在に気付いたか、急上昇をかけて、雲を突き破り、眼前に銀色の巨体を現わした!!
 この大きさは……ショットで完全破壊するには、無理があり過ぎる。同高度をとられると、本体にレーザーも撃てない。シャフト先端の発光体に、高エネルギー反応がある……
(賭けてみるか)
 真正面に構えて、発光体にレーザーを集中させた。まず別の意味でこの選択は正しかった。中間子砲の砲撃は、機体中央が死角になっていたのだ。これは致命的に近いバグね、ありがたいけど。砲撃を気にせずにロックできる。
 ――接近してきた? 高エネルギー反応、正面からも2つ! ブースターか!? 飛びすさるように横へ回避した後の空間へ、炎の矢が放たれた。ショットで翼を撃つが、なかなか頑丈で潰れてくれない。
 ブースターの噴射が終わったのち、再び正面に出て、発光体をレーザーで撃った。しかし今度は、機雷を大量に投下してきた。ショットをフルパワーで撃っても、壊し切れない……!! しかし翼からも砲撃が出ていて、それよりは横を過ぎていく機雷に怯えていた方がマシなようだ。
 中間子砲を無視して発光体を攻撃し続ける。――また翼から、今度は長いレーザーが来た。
「!!」直角に曲がった!? 反射(レフレクター)ビットがあるのか! 機体の先端と後尾を、真横にレーザーがかすった。全く生きた心地もしない!
 また、ブースターか。同じ手は二度は通用しないわ! 再び翼をショットで撃って、先程の砲台を潰した。
 もう、同じパターンで勝てるはずだ――機雷を壊しながら発光体を集中攻撃した。それが壊れると同時に、機体全体が誘爆を起こした。巨体が真っ二つに裂けて、再び雲海の下へと、墜落していった。
 

AREA 4――THE FISSURE OF CONSCIOUSNESS

 ぼふっ、という衝撃を機体全体に受けて、雲を突き抜け降下した。
 水蒸気の感触が抜けた後に拡がる重い空気、暗い大地。先刻までの爽快感は消え、何か――意識の底でうごめく得体の知れないものが……
 高空から敵機の急速接近! 弾をかわしながらショットで撃破する。でも同時に、自分の意識に何かの警報が、頭を――取り巻くように――!!
 思わず頭を押さえたくなるような、パシッ! という一瞬の衝撃の後、発作のような嵐は過ぎ去った。――頭……ですって? 今の私は機体全体なのに、でも、そんな感触がした……。
 見下ろせば、出迎えに来た戦車と、塔のような砲台と、やや大型のハッチが見える。砲撃がうるさい、全部ロックして壊してやる! 戦車を破壊し尽くした後、砲台をロックしてレーザーを放った、と、センサーに敵側の警報のようなものが飛び込んだ。次の瞬間、先程と同じ高空迎撃部隊が私を襲った。辛くも撃破しながら――要は砲台を早く攻撃し過ぎると、敵防空システムが緊急発進をかけるのだと知った。
 戦車の砲撃の中、ハッチからロボットが上昇してきた。作戦エリア-2で見たもののマイナーチェンジか。攻撃に対する耐久力は若干上のようだ。先手必勝に限る。
 再び高空部隊を撃破しつつ、川を越えると、移動用のレールと思われる物が、何層にも重ねられている地帯に出た。戦車が動き回る傍ら、低空から迎撃機も上昇してくる。ハッチもある。もう、レーザーをフルに使うしかない。
 ……さっきの嵐のような変調は消えたけど、何か――違和感が拭えないよ。間断なく攻め続けてくる敵、常に自分の周囲に飛んでいる弾、そして戦闘をやっている自分。その、自分自身の主体が、よく分からなくなっていると言うか……否、そうやってなお自分が存在している事だけは確かだ。
 あぁ――また敵の攻撃が視野を埋め尽くす。バーニアがかなり酷使されてる、細かな制御をしないと弾を避け切れない。先を読んで対応しないと逃げ場がなくなる。こんな状況で、気を逸らしてる場合じゃないのに……! 笑い声のように私にまとわりつくのは、幻聴!? お願いやめて、しっかりして、私――!!
 それでも、敵をロックして破壊する事だけは間違えずにいて、移動用のレールが、巨大なタワーに収束されてゆくのが見えた。あそこから、戦車が出てきていたんだ。元を断たないと!
 目標ができたからか、精神の不全感はだいぶ薄れて、的確に機体を制御、砲撃をかわしつつ、タワーにレーザーを撃ち込んだ。内部構造を破壊できたのか、タワーはレールごと大地に崩れ落ちていった。
 と……その衝撃からだろうか、機体下部のセンサーにも感知される、凄まじい振動と共に、眼下の大地に大きな地割れが発生した。裂け目から覗く、闇――何か、私自身の心を見ているようだよ……。
 吸い込まれるかのように降下しようとした、が――両サイド後方から、ロボットが走り込んできた。片方しかロックできない、上昇された分はショットで倒さないと! 何、地割れの下からも!? 砲火全開でのぞむしかない!!
 そしてロボットのいなくなった空間の向こうから――それは特異な姿で、崖に脚を突き刺しながら、一歩一歩近付いてきた。まさしく、Ground Performed Mad Shellとしか呼び様のない、大型四足歩行型陸戦兵器。
 正直、もう脚部を破壊する事しか考えていなかった。脚部だけでも破壊すれば、撃破の可能性は十分にある――いや、それを現実にしなければならないのだ。この形であれば、片側2本の脚を壊せば、バランスを崩して本体が落下するはずだ。能力未知数の本体の相手をするより、勝ちを急ぎたい。
 誘導型レーザーが来るのは分かっている、動き続けてさえいれば、いずれ誘導能力を失う。脚に向かってショットを――! が、手加減なしにショットを撃っていたのは、やや軽率だった。これも報告されていた「炸裂型プラズマ機雷」は、誘爆範囲が予想外に広かったからだ。爆圧が装甲にプレッシャーをかける、一歩間違えたら巻き込まれてあの世行きだった。
 しかし、機雷さえ切れてしまえばこっちのものだ。脚の正面で円を描くように動いてレーザーをかわし、前脚に続いて後脚を壊したところで、勝負あった。予想通り、崖に刺さった脚から本体が外れ、谷底深く落ちてゆき……最下部に激突したと思われる辺りで爆発して、谷を白く埋め尽くす閃光を放った。
 

AREA 5――TOWARD THE DARKNESS

 全くの暗闇と思えた谷の底に、宇宙を思わせるきらめきがちりばめられている。その美しさに、ひととき、精神の変調を忘れた――
 ふわりと機体をおどらせて、降下した。地下都市、か……人を虐殺し続ける星の中に、人の住むような区画があるとは……
 しかし、風景だけを見させてもらえないのは、もう、お約束だ。迎撃用の戦闘機が、高層ビルの上空に、大量に待機している。低空にいるうちはレーザーで撃ち放題だが、相手も馬鹿ではない。ホーミングミサイルをいち撃ちながら、上昇をかけてきた。ミサイルと敵機の間をかいくぐり、ショットで撃墜する、自分の隅々までが、戦闘に集中して研ぎ澄まされてゆくのが分かる。
 ビルの隙間で、ロボットのようなものがうろちょろしている。これはレーザーで破壊してしまえばいいのだが、ランチャーを構えた大型の敵機が上昇してきた。ショットで――
「何っ!?」
 ランチャーから何かが放たれたのでとっさに回避した、爆発範囲の極めて広いスプレッド弾だ。弾をかいくぐって撃墜した。――もうっ、これもレーザーで早期にダメージを与えておくしかないようね!
 ビル群を抜けて、高速道路の上空に出た。こちらもかなりの高速飛行をしているのだけれど、戦車が負けない高速で追い付いては、対空砲火を撃ってくる。ロックして破壊するしかない! 機体後部が熱い、ブースターとレーザー砲は全開だ。
 その、戦闘の感触を、機体全体で感じていた、が、さらなる極みがやってきた。青いロボットが、高空から襲い、低空からも上昇してきた。目の前の空を覆い尽くす程の弾幕!
 低空の分はレーザーで先手を打ち、高空の分は、弾を誘導してやり過ごし、ショットを撃ち込む。自分の戦闘能力が、ぐいぐいと引き出されてゆく。
 こんな……こんな状況にあって、何て事、私は、楽しんでる――!! 宇宙みたいに、さえぎるものなき無限の闇の中を自在に飛ぶ、精神にも機体にも、震えがくる程の快感が突き抜ける。これが最高の、パイロットの醍醐味だ……!!
 あぁ、また下から戦車が走ってきた。ちょっと、全部をロックしてしまおうというのは無謀ね。順々にサイトに収めて砲塔を破壊し、攻撃を緩めさせた。
 ――高揚感というものは、長続きしないから、高揚感としての価値があるのね。またロボットが上昇してきたけど、少し慣れちゃった、レーザーとショットで確実に撃破する。
 高速道路が、巨大なハッチに収束されて切れた。ここが、エリア-5からエリア-6へと降下する、移動用チューブなのか? 重い音と共に、シャッターが開く――おかしい!! 私を迎え入れるために道を開く訳がない。――再び覗く、底の見えぬ常闇の中から、轟音と共に上昇してきたのは、金色の人型機動兵器!
 チューブ内をかなりの高速で降下していく様に、肉体的な恐怖を感じながらも、私は機動兵器の威容を見つめた。
 オーディン、というコードネームは、的確な呼び名を付けたものね。北欧神話は子供の頃に読んだわ。鷲を思わせる肩の造形、その金色の装甲は、黄金の腕輪ドラウプニル? でもおあいにくさま、私は間違っても貴方に捧げられた生贄ではないし、貴方を歓迎する冥府の女(ヴァルキューリ)でもない。私は――貴方を滅ぼすためにやってきた、(フェンリル)よ!!
 敵は、背中に装備しているレーザー砲を前に構えると、激しいエネルギーチャージを始めた。正面にいたらまずい!! ギリギリまでショットを撃ち込んでから横に退避すると、後方の空を雷撃が貫いていった。何よ、“至高神(オーディン)” のくせに、“雷神(トール)” の雷を落とすなんて、反則だわっ!
 直後、激しい弾幕が目前の空を覆った。機体の周りじゅう弾だなんて、ぞっとしない状態ね。次は、パンチか。殴られて死ぬ程私はのろまではないわ。――ええっ、また雷撃つ気!? そういう貴方らしくない真似は止しなさい、ショットでレーザー砲壊してあげるから!
 片方のレーザー砲を壊すと、敵は勝手にもう一方を切り離してしまった。バランスが悪い……だけじゃないわね、他にいくらでも攻撃手段はあるって事ね。
 肩からレーザーが6本、正面が死角! また弾幕? 誘導が効く分さっきよりは楽ね。――でも問題はその後だった。指先から放たれた8個のエネルギー弾が、目前の空を埋め尽くしたのだ。ヘビが鎌首をもたげるかのように、一瞬動きを止めて、こちらに誘導する気配を見せた。
「まずいっ!!」
 バーニアを全開にして、弾幕の隙間に突っ込み、大きく機体を振って退避した。私の直後を弾が次々と追ってきて、恐怖に身体中が引きつるというのは、まさにこの事だった。しかし安心している暇は与えられない。今度は胸から緑色のレーザーを乱射してきた。自分が狙われているんでなかったら、綺麗って見てられるんでしょうけどね……!
 金色の対レーザー装甲の耐久力は、予想以上だった。フルパワーでショットを当て続けているというのに、部分的にしか壊れてくれない。また、さっきのエネルギー弾が……もう壊れて、こんな無茶な回避運動をしていたら、機体も、私の精神ももたない――
 一筋の願いが通じたか、頭部の大破と同時に、攻撃が止んだ。巨体が分解して、チューブの底へと墜ちていく……オーディン、お戻りなさい、貴方の本来支配するべき冥府の底へ……。
 そして、開くシャッターの向こう、機械構造の底で、現実に私を待ち受けているのは、何なのか――
 

AREA 6――THE END OF DEEP LAYER

 機械の渓谷……だ。水があっても良さそうなものを、重苦しい乾燥感がある。
 生身だったら、もう、はぁはぁと息を切らすような戦闘を強いられて、なお、この暗い閉鎖的な空間に押し込められて、言い様のない圧迫感を感じる。う……目眩にも似た不快感がぶり返してきた。
 迎撃機が飛来する、撃ってくる弾の数が、今までとは段違いだ。砲台やミサイル発射口が見える、慎重に撃破していかない…と……
 また――だ、エリア-4でも感じた、奇妙な不安定感。ほら、また、ミサイルが弾が、私の行く手をはばみ、かつ360°の視野を埋め尽くす。頭が痛いように重い――これもまただ! 頭なんて感覚ないはずなのに――今の私はX-LAYそのものなのに――それとも、そう感じられるのは、それでも私が人間である証……!?
 ハッチがたくさんある区域に出た。小型のビットを従えた、やや大型の敵機が、次々と上昇してくる。ああ……っ、ビットからの攻撃が、あまりに激しくて、もう自分が弾の隙間だけに浮いているようだ。ビットをショットで、本体はレーザーで――えっ、本体から発光が……指向性レーザーか! それを避けながら、ビットの弾も避け、ビットも本体も撃たなくてはならない。気を配る向きが多過ぎて、自分の意志が……裂けてしまいそうだ……!!
 さらに深く渓谷は続く。谷底から、今度は上昇してくる迎撃機。これもエリア-4で見たのと同じタイプだわ。上昇されると厄介だ、レーザーで先手を!
 ――床に列車を走らせるレールのような物が見えた。後方から、それに乗って、低い唸りをあげながら、大型の迎撃兵器が移動してきた。これまた大型の砲身からは、スプレッド弾でも出すのか!? ――やはり! 空中からも迎撃が、砲身をとにかく潰さないと!
 再び地獄が訪れた。砲身を破壊された迎撃兵器は、今度は内部から戦車を配ってきた。高空からは戦闘機がレーザーを放った後、こちらに体当たりしようとしてくる。レーザーと弾を避け、戦車と戦闘機を破壊し、迎撃兵器も撃破しなければならない。
 ……もう、何だか、自分が何者で、何をやっているのか、自信を持っては言い切れないような気がしてきた。敵を撃つ、弾を避ける、それだけだ。ただ、死にたくない、死んではならないという気持ちで、その場その場に対応しているに過ぎない。
 戦闘機が編隊となってやってきた。狭い通路を埋め尽くすレーザーの隙間を抜ける、装甲を何度も熱いものがかすった。砲台まで……! もう――もうやめて、自分が、壊れちゃうよ……!!
 エレベーターに付いている砲台を破壊し尽くし、なおも深く侵入した。辛うじて、息だけはつけたか――。深く……底へ……こうやって、攻め込んでいった果てに、一体何があるの? 自分の意識をも、奥底まで振り絞った果てに何が――
「はっ!!」
 気が付けば、空中に浮遊する戦車に、接近を許してしまっていた。大群、としか言い様がない! 同高度に出られてはレーザーも撃てない。ショットで吹き飛ばした破片が、機体にぶつかる程の至近距離。
 砲台が3つ、今度は巨大な障害物が……!! 逃げ場がない、追い詰められてしまったらおしまいだ! シャッターをショットで――あ……柱をレーザーで壊せば、少しは道が開けるかしら? そうだ、隙間が空いたら戦車を壊せばいい。
 何とか、障害物地帯を抜けた。また先刻の迎撃機が飛来した。間髪を入れず、ビットを従えた敵機が2機――通路中を覆い尽くす弾の嵐に、ついに、思わず心の中で、声にならない悲鳴をあげてしまった……
 ――それでも、生き延びる事だけはできたようだ。終わりがないかと思われたこのエリアの攻撃は、ここが終点だ。……もっとも、この敵がもっとひどい攻撃をしてこないという保障は、全くどこにもないのだが。
 コードネーム:ダイナモ。惑星核へと到達する通路の直前に設置されている、大型の核融合炉であり防衛システム。
 何か――エネルギー流路と直結しているような外部構造から、こちらに向かって弾を撃ってきた。この攻撃を止めるのが先決だ。ショットを集中させる。中央の砲台からもレーザーが来るが、これは正面にさえいなければ問題ないので無視した。
 何、外部構造から出てくるのは、通常弾だけではなかったのか! 誘導してくる機雷、それから、球状のビットのような物。嫌な予感がした。案の定、連続的に放射状のレーザーをばらまいた。何でこんなに、神経をすり減らすような、機体の幅ギリギリの攻撃ばかりしてくる……!! レーザーをやり過ごしたら、ごていねいに体当たりまでかけてきた。全く気を緩める間隙を与えてくれない。
 ビットを優先して壊して、片方ずつ確実に撃破するしかない! さすがにフュージョンガンの集中攻撃に耐えかねたか、外部構造が相次いで吹っ飛んだ。だが相手も一筋縄ではいかないようだ。カバーの下には、大量のレーザー砲台が隠されていた。ここからが「充実したレーザー系装備」の本領発揮か……!
 ロックオンレーザーで中心部を狙う事に、私は賭けた。敵レーザーの軌道を見極めて、誘導性を持たないものは放っておいた。サイトは中心部に合わせたまま、矢継ぎ早にレーザーを撃ち込む。が、さすがにビット4個とレーザーの複合攻撃には打つ手がなく、脇にかわしてレーザーを避けるしかなかった。
 ――っ、今度の紫色のは誘導レーザーか! 軌道……計算が……! 大きく左右に機体を振って回避した。その次は、蒼く輝く対空砲火だ。できる限り引き付けて、本体に撃ち込みながら脇へ……! 一体……いつになったら終わるんだ――…!!
 ビットに大量に出てこられると、もう避ける以外に打つ手がない。焦燥感がつのるばかりだ。本体どころか機体全体が、ギシギシと引きつっているようだ。
 敵の攻撃は激化する一方だった。先程の対空砲火などとは比べものにならない、スプレッド弾にも似た大きな弾が、空間を埋め尽くした。ビットとの複合攻撃の中、自分が生き続けているのが不思議な程に……!!
 ……それでもやみくもに放っていたレーザーが、本体にはヒットしていたようで、不意に敵は大爆発を起こして、攻撃は止んだ。残骸が轟音と共に床へと崩れ落ちていくのを、ほとんど消耗し尽くして、呆然としかけた心持ちで見つめていた。
 

AREA 7――RELEASING INFINITELY

1. ROUTE TO AREA 7
 中心核に至る通路に機体を躍らせ、降下する。
 ……疲れ果てている一方で、なお私が機体を正確に制御できているのは、何故なのだろう?
 重い灰色の空間に、迎撃機が嵐のように飛来してきた。サイトを合わせ切れない――! 当たらないレーザーが空にほとばしる。何故、弾はおろか、敵機にぶつからないでいられるのか、自分でもわからない。
 こんな攻撃の中にいて、私、どうしたんだろう、別に慌てるでもなく、戦闘を続けている――底に一抹の不安を抱えながらも、不思議なまでに平静な、この心持ちは、何?
 迎撃機が撤退してゆく。こういう時は、大物のお出ましと相場は決まっている。4本足の大型の敵機。通路を……高速で飛行しながら、戦闘に入った。
 空を舞う弾幕、その中をすり抜ける機体。ショットで撃とうとした。――足がこちらに向けられた。来る! 横に回避した瞬間、敵機正面をレーザーが埋め尽くした。間髪を入れず、これでもかと言わんばかりに弾を撃ってくる。
 この状況に対処するには……さらに自分を戦闘行動に集中させるしか……もう限界と思える――いや、こんな事を考えている自分、また、機体と直結されていてなお、頭などという事を認識している自分までも、戦闘に投入してしまえば、私は今の自分自身を超えら
れるかもしれない。
 でも、それはもはや、私が肉体のみならず、人間としての思考や感情までも、自ら放棄して、戦闘機械に成り切ってしまう事――…?
 容赦ない攻撃が続く。抜け目ない反撃も続く。その状況に対応していく一刻ごとに、私自身が少しずつ、外側から蒸発して、希薄になってゆくような感触とともに、何かの致命的な瞬間が近付いてきている、という予感がする。
 ついにロックオンレーザーが敵機の足を、ショットが本体を砕いた。
 ――そこから先は、本当に一瞬の出来事だった――
 爆風と敵機の残骸を抜けて、突入した中心核――
 360°の視野を埋め尽くす、あまりに広大な真っ白な空間――
 私の感覚が、解放感と共に、周囲に向けて大きく弾け――
 ほぼ同時に、彼方から押し寄せてきた敵機の大群――
 その全てに対応しようとした瞬間に、私の頭の中で、何かが大きく裂けて、後方に千切れ飛んだ―――
 
2. AREA 7
 私は、ただ、見ていた――
 自分が乗っているはずの、さっきまで自分が操縦していた機体が、自分の存在を超越して、敵機を次々と撃破してゆくのを――。
 ――私は、どうなってしまったの?
 こうして存在し続けている事は確か、でも、戦闘行動からは、完全に私の意志は遊離している。
 今の私は、一体何なの……?「肉体」の感触は全くない、それどころか、「人間」であると確認できるファクターも……。機体が自分なのかもしれないけど、それを操っている自覚がない。
 敵機が飛来しては弾をばらまいてゆく、正面からレーザーが翼をかすめる、投下されたミサイルが破裂する。そのことごとくを回避しているのが――まるで他人事だ。
 あぁ……まるで無重力のただ中に浮かんでいるようだ。不思議にクリアーな意識で周囲に無限に拡がる都市が、私を包む水晶の輝きのようで――
 十文字のレーザーを放つビットを、いくつも射出する敵機、高速で体当たりを仕掛けてくる迎撃機。今までに見た事もない苛烈な攻撃の中にあって、なのに恐怖心や焦りの欠片も感じない。機体は、激しいジグザグ運動を繰り返しながら敵機を破壊し、あまつさえ、彼方に小さく多数浮かんでいる戦艦まで、ロックして破壊している。
 ……そうか――私が予感していたのは、こういう事だったのか………。
 C.L.S.で機体とリンクされて、機体が肉体そのものになって、戦闘が行動の総てだった、機械と何等変わる事なく――その有様に、人間としての自我が、悲鳴をあげ続けていた。
 けれど、ここにきて、戦わなくてはという極限の意志が、私のそうした気持ちを無視して、精神の奥底までを、戦闘へと振り向けた。その結果――あらゆる葛藤を排した、理想的な戦闘機械としての、もう1人の自分が、意識の前面を占領してしまったんだ。こうやって微かにものを思っている、これまでの自分の欠片だけを残して。 散開する敵機の彼方に、高い高い塔が見えた。機体が急上昇をかけてゆく。何処に向かって? あぁ、コントロールタワーの頂点を目指すのか。そして、コン・ヒューマンを破壊する。こんな状態でも、任務だけは忘れずにいたのか……否、戦闘機械の最終目的は任務の完遂だ。
 大型機と戦闘機が迎撃に来たが、機体はその攻撃の全てを回避し、全機を撃墜した。やがてエネルギー庫のような区画に到達すると、敵の迎撃は止んだ。そうか――下手に弾を射ったら、流れ弾でタワーが傷付いちゃうものね。私……何もしてないけど、機体からレーザーが乱射されてる。タワーに次々穴があいていく。
 このまま……私はもう何も考えずに、透明な世界に身を委ねて――破壊本能のままに攻撃を繰り出す、もう1人の私に任せておけば、任務を達成できるのかな……そうだといぃ…な……
 あぁ、塔が切れた、その空間の向こうに、
 
3. LAST BOSS
 前方をさえぎった大きな影が、半分消えかけていた、私の意識を呼び覚ました。
 ノイズと共に、緑色の、機械生命体とも思える物体が出現した。威圧するかのように、巨体をゆすって――コン・ヒューマン……!? ひときわ激しいノイズが、私の心の底までも震え上がらせた。この、畏怖にも似た思いは、何――…?
 敵は予告もなしに、嵐のように弾を降り注いだ。ほとんど逃げ場がない、ぶつかって死ぬのが運命かと思える程の攻撃、でも機体は回避できている。ああ――エネルギー波のようなもので、タワーとつながっているの? 基底部を破壊しないと…って、もうやっているわ。……!? 上部構造から、召喚されてきた迎撃機が――! 早く、その源を――
 集中して放たれたレーザーが、基底部を破壊したようだ。無様にうごめく基部を捨て、上部構造が離脱し、新たな形態を見せる。
 ……4本の、腕――? 再び閉じたなら、私を捕まえて握り潰してしまうのではないかと思えるような。その一方で赤い光弾が降り注ぐ。なお機体は回避している。
 高速機動! 敵は大きく展開すると、放射状のレーザーを多段階に発射した。私に直結されているコンピューターが死角をはじき出し、機体はそこへ滑り込んだ。
 それでも私を倒せないとみると、敵は私の正面に出て、空間に何かを発生させた……高重力場か――!! 機体が吸い込まれる、いつの間に、戦闘に関与していなかったはずの私までが、気力を振り絞ってエンジンの推力を最大まで上げ、必死に抵抗した。
 光弾の攻撃も続いている――コン・ヒューマン、何故私を呼び寄せようとしながら、同時に私を破壊しようとするの!? 矛盾してるわ!
 腕に向かって放っていたショットが効いたのか、高重力場に吸い込まれていたレーザーが、何らかの作用を及ぼしたのか、腕が吹き飛ぶと同時に、重力場は収縮して消えた。
 敵はまたも破損した装甲を捨てると、別の攻撃行動に移った。……空間障壁――!? 矢継ぎ早に放たれるそれは、見る見るうちに本体をカバーし、私の逃げ場までもがふさがれてしまった。
 ……ぐるぐると回る輪の中で……私は、いつか呑み込まれて消えてしまう、いや、その前に紫の光弾に破壊されてしまうかもしれない。ショットを全力で撃っていても、自分のいる空間を確保するのが精一杯だ。
 戦闘機械の人格をもってしても、X-LAYの戦闘能力では、コン・ヒューマンには勝てないのか――
 人類はこのまま、それが最後の審判であるかのように、コン・ヒューマンの手で滅ぼされるしかないのか――
 ――その時、撃ち続けていたショットが、目前の空間障壁を打ち砕いた。そのわずかな隙間をぬって、私は輪の外へと抜け出た。
 ……たった、それだけの事実が、私の心の底に、小さな、しかし確かな、光を灯した。
 もうこれで、なす術なく殺られると思っていた。でも、障壁1個分であっても、私にできる事は残されていた。
 私はまだ、生きている
 身体のほとんどを機械化され、X-LAYと脳を直結され、機械と変わらない戦闘行動をしていようとも、私は人として生まれ、育ってきた。その記憶、関わってきた人々、名前も顔も把握していないけれど、私の背後にいる人類。
 ――コン・ヒューマン。
 惑星そのものとも言えるあなたが、さっきのように、人類を呼び寄せようとしながら滅ぼそうとする、そう行動する事自体はあなたの勝手だわ。
 でもね、私たちはこの世に生を受けた、生きている以上、むざむざ殺される訳にはいかないのよ! 生きている限り、私は生き続けるための戦いはやめないわ!!
 例え人類の存在が、神の許さないものであったとしても―――!!
 私を囲い込む事に失敗した障壁を、敵は弾き飛ばすと、3WAYレーザーを間断なく放った。私はコンピュータが計算する隙間から隙間へ、次々と機体を躍らせた。今や、操縦の主体は私だった、私の意志のもとに、X-LAYと人間は一心同体だった。
 しかし――しまった、また空間障壁が――!
 ……力が、力が欲しい。
 この障壁を打ち砕き、人類の生存を勝ち取れるだけの力が。
 ――私の本体を中心として、機体全体が高いうなりをあげた。
 今の私が信じられるものは、X-LAYの攻撃能力、そして、生命そのものの持つ力だけ。
 一瞬だけでも構わない、私の生命よ、人類の生命よ、
《私に、力を――――――!!》
 全身全霊で私は叫んだ。
 瞬間、私の意思が熱く輝いたと同時に、無数の光の矢のようなものが、機体の背後から私の身体の芯へと入り込んだ。
 機体中が閃光を放つかのように赤く燃えた。
 フュージョンガンが、限界を超えて、奔流のようなプラズマ流を射出した。
 空間障壁が消し飛んで、コン・ヒューマンの本体が丸見えになった。今だ!!
「行けええ――――――っ!!」
 絶叫と共に、私はロックオンレーザーをフルパワーで発射した。
 8本の真っ赤な光が、寸分違わずコン・ヒューマンに突き刺さった。
 空が赤く染まり、敵の内部で爆発が起き、空間がそこに吸い込まれてゆき――その総てを一気に放出するかのように、敵は破片を撒き散らしながら爆発して、この場から消滅した。
 
 ……もう攻撃が来ないのを確認すると、私は機体をコントロールタワーの上空へと舞わせた。
「………」
 ふと思い立って、私は視覚とレーザーの発射機能を、マニュアル制御へと移した。
〈――最後の決着は、人間として、機械の力を使わずに、私のこの「手」で付けたい〉
 いつか見たように、HUDにサイトが浮かび上がる。
 慎重に、狙いを定める……
 これが私の最後の攻撃――そして、長きにわたって人類を縛り付けてきた、この惑星にとっても最後の……!!
 コックピットに、乾いた告知音が響いた。
《―――発射!!》
 顔までも歪めて、万感の思いと共に、ボタンを押し込んだ指先の感触と同時に、機体の背中から、私自身の意志が、光となってタワーに降り注いだ。
 崩れ去るタワー、そして――
 私は視覚をC.L.S.制御に戻し、ふっと周囲を見渡した。
(……これでいい)
 爆発する中心核、噴き上がる破片、閃光と高熱が世界を覆い、総てのセンサーが完全に振り切れた。装甲を焼かれる激しい苦痛が走った、次の瞬間に気を失った。
 ――本星全体が爆発を起こして、宇宙の闇に拡散してゆく凄まじい音を、真っ白な意識の片隅で聞いていた……。
 
4. ENDING
 どれ位経ったのだろう……宇宙を漂いながら、隕石に包まれて、私は目を覚ました。
 さっきの爆発の衝撃で、機体のほとんどの機能は破壊されていた。エネルギーも残っていない。予備電源で、私の意識はあるけれど、間もなく尽きるだろう。
 部分的にだけ生きている視覚センサーから、ただ、宇宙を感じていた……。
 ――終わったんだ……。
 これまでの戦いも、苦しみもみんな消えて、今、安らぎの中に私はいる。これから私が漂っていくであろう、星空の感触を肌で感じながら。
 先刻の熱い思いを、心地よい疲労感さえ感じて思い返す。――人生って、長さじゃないし、死に方でもないよね。どれだけ魂を燃やし尽くせる想いがあるか、で決まるんじゃないかな。X-LAYと完全に一つになって、人類全体とまで燃えられたのだもの、きっと私ほど幸せな人間はいないわ。こうやって、生きて思い返せる時間まで与えられたのは、もう至福としか言い様がない。
 ……この戦いでは、あまりにも多くのものが失われた。数え切れない程の人間の生命、故郷である本星の存在、そして今また、私自身も。
 でも、悲しいなんて思わないわ。
 これでもう、コン・ヒューマンが人類の生存をおびやかす事はない。帰る場所を失ったのだとしても――いいえ、もう望郷や後悔の対象はなくなったのよ。人類はこれから、広い宇宙に漕ぎ出して、生きてゆく場所を探し、創るべき。生命さえあれば、生きてさえいれば、何だってできるわ。私だって、この絶望的な戦いに、勝ったんだから。
 私の存在は真実「希望の力」となった、この生命が失われても、私が救った生命が、人類の無限の未来を拓く―――。
 あぁ……何処かにある星が、私を呼び寄せる力を感じる。そうして、永遠の眠りの中で旅をしてゆこうか、遥かな未来、その星と一つになる日まで………。
 
 外部センサーが落ちて、視覚が本体の眼だけになった。
 HUDに乱れながら映る文字は、「MISSION COMPLETE」。――そう、私が生きてなすべき事は総て終わった。
 その表示が透けて宇宙になると、パネルに赤く「SYSTEM DOWN」の文字が表示されて消えた。言われなくても分かっている、私と直結されているコンピュータの機能は、眠るかのように停止した。
 そして私自身の視覚と意識が、モニターの電源を切る時のように、暗くなって消えた。
 

〈FIN〉

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