別段ゲームそのものに関心があった訳ではなかった。ゲーメストNo.107中表紙の「敵機をフリーズ、一気に破壊せよ。」というコピーを読んで、留学生射殺事件を思い出し、「あっぶねーコピーだなあ」などと思った位か。ただ、タイトルから見て曲は良さそうだと目を付けていたが、弟に「このCDは俺が買う!!」と押し切られてしまっていた。CDの発売は4月21日だったので、4月中には聴いていたはずだ。
 パソコン通信をやりながら、弟がかけていたのを小耳に挟んだのが最初。「なーんだこりゃ、古代さんだけでなくタイトーまでテクノに走ったかい」というのが第一印象。……しかし、第一印象が最悪だともうどうしようもないが、最悪に近い作品は、稀に大化けする事がある。サンダークロスⅡがそうだった。最初聴いた時は、こんなもんコナミじゃねえと怒り狂ったのだが、3回目には大ハマリしてしまい、ゲームを見にゲーセンにまで行ってしまった(ゲーメストNo.73 P.51「『あの曲が見たい!!』一期一会の“サンダークロスⅡ”」参照)。そして――今回はサンクロⅡの比ではない事態が待ち受けていたのだった。
 
 自分で聴くのに飽きたのか、数日して弟が「聴いていいよー」とCDを貸してくれた。おや、随分と豪華なライナーノーツ。へえええー、このストーリーと合わせて聴けばいいんだ。私ってゲームやれない人だから、CDばっか買ってきて勝手なイメージで楽しんできたけど、こりゃあ親切。……ふぅむ……アンドロイドを表現するには、テクノという音楽形態は納得できる。アニメの設定資料顔負けの MISSION DATA FILE もそそるねぇ。ただ、「高速で過ぎてゆく星がまるで水晶のように輝いて、そして、」……その先の答えがどこにも書いてないね。どうなったんだろう。
 聴き終えて部屋から出てきた時、ハイな顔になっていたであろう私に、弟は「好き系でしょ」と笑いかけた。
「うん、すげー趣味」
「ゲームはもっとスゲぇよ。絶対見る価値あるって。ゲーセン行ってやってみせたっていいぜ」
熱っぽく語る眼差しに、MISSION DATA FILE をぴらぴらと指でもてあそびながら、
「――ここまでされたら、もうゲームそのものを見に行くしかないじゃん」
と、私も笑って答えた。
(余談――私はあんまり熟読し過ぎて、ライナーを指の脂でべたべたにしてしまい、弟に「責任取れ」と怒られた。素直に反省してそのCDは私が買い取り、弟は新しいCDを買ってきた。だから私の家にはレイフォースのCDが2枚ある。)


 弟と「ハイテクランド代々木」で待ち合わせ。こいつと一緒にゲーセン行くなんてサンクロⅡ以来だな。2人でレイフォースの筐体の前に立つ。照れがあるのか、彼はややぶっきらぼうな態度で私に椅子を寄越し、筐体に付いているヘッドホンを手渡した。
「CDと基板の音は全然違うんだから、よ――――く聴いとけよ! それから、超演出を見たって絶対声出すな。お前ゲーム見てるとうるさいからな。喋ったら殺す」
 ……それからの30分は、声を出すどころか息をつく暇もない未体験の連続だった。初めて見るゲームで、次々と流れ込んでくる映像と音楽を、全てきっちり把握する事はできなかったけれど――描き込みがすごくリアルで、意志あるかのように乱れ飛ぶロックオンレーザーが、この上なく美しかった。よくこんな無茶苦茶な攻撃を避けられるものだ、と感心しながら――… そして、静かに総ては終わった。
「……いやー、お疲れ様。凄いねェ」
「まぁね。4コインってのは俺としちゃベストだよ」
「ところで――あれってパイロットはどうなったんだ?」
「……死んじゃったんでしょ」
「ふぅん……」
 
 弟と別れて――(あの戦いの手前に、例えば、「彼女」の不安定な精神を支えた、精神科医のような存在もいたのだろうか?)などという事を考えながら、ふらつき歩いた市ケ谷の街は、初夏の日差しがまぶしかった。
 ……観測史上最も暑い、そして私にとっても最も熱い、1994年の終わらない夏が、静かに始まろうとしていた。


 私――ちょっとおかしいよ。レイフォースの事気になってしょうがない。ゲームを見せてもらえばそれで済むと思ってたのに、イマジネーションが刺激されっぱなしだ。
 「彼女」の思いを知りたい。もうCDを聴くだけでは掴み取れまい、プレイしてみなければ決して分かるまい。
 でも、私なんかに、ゲームができる訳ないじゃない、なんたってガイアポリスで1画面で死んじゃうんだから(ゲーメストNo.116 P.106「私をガイアポリスへ連れてって」参照)。それなのに――退社後所用でよく訪れる代々木の、「AMUSEMENT SPOT M3」で、デモを眺めている自分がいる。
〈上昇する敵にサイトを合わせてロックオンします〉はい。〈Bボタンでレーザーを発射します〉そうですか。〈まとめてロックオンすれば、高得点が狙えます〉それはどうでもいいとして。〈地上の敵も攻撃することができます〉……ご親切な説明どうも。これならやれなくもないような気がする。
 そうして、目を離せないまま、「彼女」が姿を現す……敵機を撃破し、追い詰め、ロックオンして――次の瞬間、突然に!!
《ドキッ!!》
 な、な、何…今のっ!?
 聞こえた――よ、耳から物理的に聞こえる音じゃない、そんな事はわかってる、でも確かに感じた、スロットルレバーのボタンを押す瞬間の、「くっ!」という息遣いと、「彼女」の意思とを!「彼女」は、確実にそこに存在しているんだ!!
 ……もう、やってみるしかない。今日は遅いからもう帰るけど、近い内に必ず、貴女に逢いに行くから――そんな言い訳をして早足で駅に向かう途中、気付いた事が一つある。
 ――どうやら自分はこのゲームに、恋をしてしまったらしい。


 再び、代々木。今日は絶対プレイしてみると心に決めていた。でも、筐体の前に座ってゲームやるって、いざとなると結構度胸の要る事……多分目も当てられないプレイになるだろうから、人の多いハイテクやM3は恥ずかしい、という事で、駅前のJOY LAND代々木を選んだ。どうか誰も、私を見ないで下さいね――。
 ドキドキしながらコインを入れる。これが私にとって2回目のアーケードゲームだ。まさか1画面で死にゃあしないだろうけど――…って、何これっ、全然思い通りに自機を動かせない! 弟がやってた事ってこんなに難しかったの!? 隕石が弾が敵が……それに、身体中がギクシャクいってる。ボタンを押すのは左手であるべきなんじゃないの? 何かが根本的に間違ってる――――!! ……訳判んない内に、1面で終わってますがな。
 私が「根本的な間違い」に気付いたのは、その10秒後だった。
〈私は、左利きだったんだ――!!〉
 左利きといっても完全ではない、箸や鉛筆やハサミは右に直された。だから会社生活ではほぼ右利きと変わらない。しかし、裁断機や自動改札と同じように、ゲーセンの筐体までが、生来の左利きである私に不便を強いるのか!!
 ……でもその程度で諦めはしないからね。私は、「彼女」に近付いてみると決めたのだ
から。再戦の誓いも新たに店を出た。


 あれから代々木で、渋谷で、池袋で、ぽちぽちとレイフォースをプレイしてきた。判らないなりに熱い、と感じられたから、1面で潰れてもやる事はやった、右手でボタンを叩く事にもすぐ慣れた。しかし休みの出かけた時にしかやれないのでは、上達もヘチマもない。何とか週末だけでも家の近くでやれないものか――と探し回ったが、地元新川崎や矢向・鹿島田は論外の情けなさ、元住吉にも、足を伸ばした武蔵小杉にもなかった。そこまでの縁なのだろうか……。
 そんな今日は、サンシャインで会社の飲み会だ。飲み会と言ってしまうには大規模な、200人位の大卒理系の集まりなのだが、立食というだけで、ただ飲んで食べるという点では変わりがない。退社後、同じ理系の仲間に誘われてタクシーに乗った。正面には夕景にサンシャインがそびえる、左側を過ぎようとしているのは、いつも通勤で歩いている茗荷谷駅だ――
 その直後、賑やかなきらめきが窓に走った。ひゅう、と私は少し息を飲んだ。
 ――こんな所にゲーセンがある。
 茗荷谷のゲーセンは今まで1つしか知らなかった。ガイアポリスを1回だけやった「ゲームプラザJOY BOX」だ。無論そこにはレイフォースはない。だから近所に探しもしたのだ。しかし、もう1軒。完全に通勤経路の反対側だった、今まで駅の反対側には行こうとさえしなかったのだ。
(……もしかしたら、レイフォースがあるかもしれない)
 体質上アルコールを飲めない私にとって、飲み会などという物は苦痛以外の何物でもない、まして次の目的地があるとなれば気もそぞろ。三本締めが終わるのももどかしげに、二次会に繰り出そうとする面々から逃げるようにして池袋駅に急ぎ、丸ノ内線に飛び乗った。2駅で茗荷谷。改札に向かう階段を、駆け上がろうとする足が重い。――こんな夜遅くに、私、何やってるんだろう。馬鹿みたい。そんな都合のいい事ある訳ない。ああやっぱりなかったよって、さらに疲れて帰るに決まってる。
 改札からおよそ70歩、ゲーセンに着いた。ドアに「GAME SPACE J&B」と書いてある。自動ドアをくぐって店内へ――中は表から見るよりずっと広くて、不思議に明るくて、いい意味で静かなのは、ゲーセンにありがちな不粋なBGMがかかっておらず、ゲームの音だけが流れているからだと気付いた。そして―――
(あった……)
 入って右側の列奥から4番目に、その筐体はたたずんでいた。それは私にとって奇跡的な光景のはずなのに、とても自然で――誰かがひどく暗い光景の中を戦っていた、多分6面あたりだったかと思う。
 まだゲーセンにいる事に慣れてなくて、すぐ出ていってしまったけれど、(これから、毎日逢えるんだ……!)と幸せに満たされた心には、ビルの明かりさえ輝いて揺れているように感じた。再び茗荷谷から丸ノ内線に乗って、家への帰途につく。ああ……発車時、ひゅうぅん、という高いパルスに、低いうなりが2つ重なる、この車両は典型的なVVVFの音を出す。隅に掲示されている車番は「02531」、この数字は営団地下鉄丸ノ内線「02」系・第「31」編成の「5」号車を意味する。
(私は――何て幸せなんだろう……!!)
 車窓から目を細めて仰いだ、茗荷谷−後楽園間の夜空は、闇がとても綺麗だった。


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