1. Prologue:Muguet-Alpha

 1本の枯れかけのすずらんが植わっている植木鉢を前にして、涙ぐみながら座り込んでいる子供がいる。
「お母さぁーん……」
「あらあら、どうしたの?」
「せっかく咲いたすずらん、どんなに面倒見てあげても、全然きれいにも元気にもなってくれないの……」
 母親の2本の腕が、優しく子供の肩を包み込む。
「――そうね、どんな生き物でも、綺麗でいられるのは、限られた若い内だけなのよ。でも、ほらよく見て、先っぽに小さな実がなってるわ」
「……ホントだ」
「理科で習ったでしょう、雌しべが雄しべから受粉して、実がなったの。今のすずらんも、枯れた後は土の養分になって、また来年新しい花を咲かせるわ。
 人間も同じ。男と女の交わりから子が生まれて、親は老いて病んで死んでいくけれど、生命(いのち)の営みは新しい世代へと永遠に続いてゆくの。それが、『生きている』ということなのよ。
 だから、元気出してね?」
「――うん!」
 子供は泣きはらした瞳で微笑んでみせた。
 すずらんの実は、やがて大きく膨らんで赤く熟し、いつしか植木鉢の土に埋もれていった。

 ――1年後――

 2本の可憐な花をつけたすずらんが植わっている植木鉢を、少し大きくなった少女が嬉しそうに座り込んで眺めている。
 そこへ母親が、一回り大きな植木鉢を持ってやってきた。
「毎年大きな鉢に植え替えるのを、忘れちゃ駄目よ。すずらんが土の養分を吸い尽くして、枯れてしまうわ」
「ねぇ、お母さん」
「なあに?」
「じゃあ、すずらんがもっとふえて、この家のベランダに入り切らなくなっちゃったら、どうするの?」
「どこかの公園にでも引き取ってもらうしかないわねぇ」
「それじゃあ、もっともっとふえて、このコロニーいっぱいになっちゃったら、どうするの!?」
 あどけない質問に、母親は複雑な笑みを浮かべて、答えに窮する。
「困ったわねぇ、いったいどうしたらいいのかしら……」
 

2. Mere

 私の父は、物心付く前に「Con-Human」に殺されて、写真の中でしか見た憶えがない。私に生き写しの黒髪に紅い瞳…… 母も父については多くを語らないが、行政の執拗な再婚要請を突っぱね続けてきたからには、よほど父1人を深く愛していたのだろう。
 だが、女手一つで私を育ててくれた母は、その代償として、あまりにも早過ぎる晩年を、病の床で過ごすこととなり、それは私にとっても重い足枷となってしまった。
 この戦時下にも、友達とお茶したり、ゲーセンで遊んだりといった、「当たり前の青春」はあったのに、合成食料を嫌う母のため、私は台所とスーパーの往復に縛り付けられる羽目になった。士官学校に進んだのも、1人しか子供を産まなかった母には、そうでもしないと公的扶助が下りなかったからだ。
 耐性菌に肺をやられ、病床で痰を絡ませながらも、「生きるために食べること」に執着し続けた母。しかし、「今晩は何がいい?」と尋ねても、「自分で考えて」と無責任な答えが返ってくる。毎日のことにネタ切れの知恵を振り絞っても、「それは今食べたくない」と、片っ端からハネられる! やっとのことで作るものの、「こんなの味がなくて食欲が湧かない」か「こんなのしょっぱくて食べられない」の二択にはもううんざりだ。「ちょうどいい、おいしい」なんて褒め言葉など、聞いたことがない。「ありがとう」という感謝の言葉も、また。
 せめてもの慰めが欲しくて、母に問うてみたことがある。
「お母さんはどうして私を産んだの?」
 母は即答した。
「人類としての義務だからよ」と。
 ――「Con-Human」の暴走時に、2,600万人にまで減少していた人口は、奴の殲滅戦により漸減を続け、今では2,000万人を切っている。だから、生殖能力を有する男女は、相性などお構いなしに出産・育児を強要される。それは’60年代になっても変わっていない“風潮”だったのだ。
「じゃあ、私を産んで良かったと思う?」
 何らかの優しい言葉を期待した問いの答えは、逆に私を凹ませるのに十二分なものだった。
「当たり前だよ。男の子だったら、こんなに親身に面倒見てくれないよ」
 ……それじゃあ何か、あんたは家政婦にするために私を産んだのか。
 その夜の食事に、(これは私が心で流した、悲しみの涙の味だよ)といわんばかりに山ほど塩を盛り、「どうしてこんなにしょっぱいのよ!! いったい何考えてるの!?」と悲鳴をあげさせてやったのは、ここだけの秘密だ。
 ――こんな母が、疎ましくなかったといえば嘘になる。自殺でもしてくれた方がよっぽど楽なのに、と思ったことすらも。

 しかし―――

 あの日突然、母の容態は急変。危篤の報せを受けて、私が学校から病院へ駆けつけた時には――母はもう霊安室で、ベッドの縁と同じ冷たさになっていた。
 ……もう目を開けることも、息をすることも、言葉を話すこともないから、顔に白布がかけられているのだ、と悟った瞬間、私の目から大粒の涙がこぼれ始めた。
 それは、私の青春を奪った牢屋の扉が、ゴトンと重い音を立てて崩れ落ちた瞬間。足枷は朽ちて外れ、自由の身になれた私は何処へでも行けるのに。

 ――だけど。

 こんなモノが、私の待ち望んできたことだったのか……!? 何という、愚かしい望みだったのだろう――!!
 母は、死に勝る病の苦しみの中、私にこの悲しみを味わわせまいと、最期まで生きるために闘って、そして静かに力尽きたのだ。
 “無期懲役” の気分でいたから、嫌気も差した。しかし、こんなに急に亡くなるなら、もっとしてあげられることはあった、もっともっと優しくしてあげたかった――たった1人の肉親を亡くした悲しみに、(お母さん! ごめんなさい!! ごめんなさい……!!)と心で叫びながら、私は亡骸に取りすがって号泣した―――。
 母の遺体は、普通なら宇宙葬にされるところを、母のたっての希望により、私1人で荼毘に付した。――散々母の身体を蝕んで、宿主ごと殺して自滅した菌ども、全員「火あぶりの刑」。ザマアミロ。

 ところが。

 闘病中は何一つ助けてくれなかったのに、いったい何処から嗅ぎ付けたのか、母の遠縁やら友人とやらがわらわら涌いて出て、葬儀を行うことになってしまった。
 心の宿らない骨に向かって、何やら臭い香を焚き、へんちくりんな呪文を唱え、皆が「これで『ジョーブツ』できたねえ」と喜び合うに至り、私の怒りは一気に臨界を突破した!
 ノブナガ=オダの故事に倣い、私は香を引っつかんで投げ付けた――ただし、参列者の方に向かって。
「これ以上お母さんを(けが)さないで! 帰って、サッサと帰ってよ!!」
 ……天国も地獄も信じない。人は死ねば骨が残るだけ。
 もし仮に、「魂」などという物が実在するとしたならば、それは脳内の電気信号パターンの集積のことだ。
 母に早世されたおかげで、私の死生観は “突き抜けて” しまった。
 私は別段キリスト教徒ではないが、仏教よりは聖書の言い回しの方に軍配を上げる。
「死んだ者には何の意識もなく、彼らはもはや報いを受けることもない。なぜなら、彼らの記憶は忘れ去られたからである。/また、その愛も憎しみもねたみも既に滅びうせ、彼らは日の下で行なわれるどんなことにも、定めのない時に至るまでもはや何の分も持たない。」
 脳まで焼かれて灰と化してしまった以上、母の魂などというものはもう何処にも存在しない、としか思えない。
 遥かな高みから見守ってくれているとされる、優しく温かな眼差しを、私は感じることができなかったから、信じることもできなかった。
 背中に羽が生えたり、足がなくなったりしても姿を現すなら、それは “死んでいる” ことにならない。
 三途の川の向こうにいるのであれば、自分もさっさと川を渡って会いに行けばいい。
 そうはできないから、限りある命には価値があるのだと、母は最期に教えてくれた。死別の大きな悲しみと引き換えに、生きていることがどんなに貴いものなのかを。
 どれだけ残酷でも、認めたくなくても――死んだ人間は何処にもいない、在るのは思い出という慰めだけ。
 母が示した尊敬すべき生への執念と、血と遺伝子とを受け継いで、私はこれからも誇り高く生きてゆくのだ。

 ――その頃、件のすずらんは、案の定ベランダからはみ出すほど殖えてしまい、近場の公園に寄贈することとなった。

 ある日私は、母の遺骨の一部を乳鉢で砕き、宵闇に紛れて、すずらんの根元に密かに撒いた。
 ……枯れた植物は次代の糧になるという、センチメンタルなんて感情を、やっぱり心の何処かで信じていたかったから。
 

3. Reflet

 M.C.0183――第一次敵惑星攻略戦の敗北で、外惑星連合宇宙軍内に激震が走った。
 追って決定された、実験機・RVA-818 X-LAY の実戦投入。
 誰もが尻込みをする中、私は1人、周囲の反対を意にも介さず、C.L.S. 被検体に自ら志願した。
 家政婦にされる命を、無理矢理子供を作らされる世を終わらせるためなら、生身の身体など惜しくはなかった。また、天涯孤独の身の上は、使い捨ての実験体として、上層部にも “魅力的” に映ったのだろう。
 「義体」への換装は、思いの外スムーズだった。人間と違うのは、両耳の後ろに設けられた、リンクケーブル接続用の端子だけ。(さすがに脳がイカれたらアウトだろうが)病むことも老いることもない機械の身体――「身体の悪い所を、機械か何かに取り替えてしまえたら」と、常々愚痴っていた母の娘が、この身体を手に入れられたのは、皮肉というより他にないけれど。
 機動兵器のパイロットとして一通りの訓練を修了した後、私は “彼女” と対面することとなった。
 フュージョンガン2門、レーザー砲8門を備えた、尖鋭的なフォルムの X-LAY を前に、上官は私の左肩に手を置いて、こういった。
「色々良くない噂も聞いたと思うが、安心してほしい。我々とていつまでも同じ我々ではないのだ! サポート AI が、君を別次元へと引き上げることを保証しよう。――では、搭乗してくれ」
「はい!」
 ダンッ! と一つ床を蹴って、人間ならざる跳躍力で、一瞬の内に機体上面へと躍り出た私は、そのままコックピットへと滑り込み、4本のケーブルが繋がれた、「CYBERLINK」のポップなロゴが躍るレシーバーを耳に装着して、瞳を閉じた。
 ……それは、夢の中の出来事だったろうか?
 X-LAY とリンクした私の目の前に現れたのは、星空をバックにしてすっくと立つ、白いボディスーツに全身を包んだ女性だった。ややえらの張った顔立ちに、紫苑の髪と、吸い込まれそうな深紅の瞳。
 先にひらひらと手を振って、笑顔で口を開いたのは向こうだった。
『ハィ、美人さん(Salut beauté)
「……最近の AI はお世辞もいうの?」
『お世辞と分かってても、いわれて悪い気はしないでしょ?』
「あなたねぇ……」
 半ば呆れかけた私の前で、彼女は控えて自己紹介をした。
『――はじめまして。私は、X-LAY の反射反応機能増幅及び、生命維持用 AI と申します。どうぞよろしく』
「こちらこそ。――でも、その長ったらしい名前は呼びにくいわ。そうね……『リフレ(Reflet)』って呼んでいい?」
『どういう意味?』
「短く縮めて、『反射』」
了解(Entente)。ただ……フル・リンクしてみたら、少し違う印象になるかもね?』
「『フル・リンク』?」
『今のステータスは『セミ・リンク・モード』。ちなみに手動は『セパレート・モード』よ。これ、仕様だから』
「そう……」
『――さて、じゃあ『フル・リンク・モード』の初期設定をしましょうか』
「初期設定!? いったい何いって……」
 私の戸惑いなどお構いなしに、リフレが話しかけてくる。
『いいから私のいう通りにして。――ひとーつ、気を楽にして』
 いわれるままに肩の力を抜く。
『ふたーつ、ゆっくり深呼吸して』
 その通りにしてみる。
『――三つ、私の目を見て!』
(え――――!!?)
 一瞬にして、リフレの姿が突然大きくなり、私の総てが吸い込まれる感覚に陥った。
 ガクン、と一気に身体の力が抜けて、意識が……墜ちてゆく………深い深い、闇の底へと。
 ただ、ゆっくりと落下を続ける、弛緩した私の心に、リフレの声だけが、絶対の支配者のように聞こえてくる。
『心が楽で、とても気持ちいいでしょう?』
『何があっても大丈夫。私がずっと共にいるから』
『不安や恐怖からは、もう自由だよ』
『あなたは、あなたの潜在能力を、最大限に発揮できるわ』
 そんな概念が、私の脳の一番奥深い処へ、強烈に刻み込まれたような気がする――
 それが嬉しくて心地好くて、私は微笑を浮かべながら、意識の底をたゆたい続ける………
『起きて! フォーマットは無事に終わったから』
(“フォーマット”……!?)
 リフレの声でふと我に返ると――私は X-LAY という、1個の機動兵器と化していた。
 数ヶ月前は「人間」だった。ついさっきまでは、人間とさほど変わらない「義体」だった。それが、形も機能も全く違う「機体」となったのにも関わらず、そこには何の不安も疑問も、違和感すらも存在しなかったのだ。驚いた!
 司令室から、上官の声が響く。
「――どうだね? 『フル・リンク・モード』の感触は」
《うるさあいッ!!》
 私は思わず、機体のスピーカー越しに怒鳴っていた。
〈そんな大声出さないで下さい! 聴覚センサーがイカれます!〉
「ああ、悪い悪い、センサーの設定を、最大感度から戻すのをうっかり忘れていたよ。――早速だが、実戦訓練に入ってもらう。カタパルトに乗って、実験船から発進せよ!」
〈ラジャー!〉
 信じられない……この機体は真実私の身体だ。今までの機体と違って、命ずるまでもなく私の意のままに動く――否、まるで私自身が兵装をまとっているかのようだ。しかも上下左右前後を一度に知覚できている。これだけの「変革」を体験しているにも関わらず、私の心にはいささかのブレもない。まるで、疑問を感じるはずの脳の一部が、麻酔されてしまったかのように。大丈夫……大丈夫だよ……うん、そうだね。そうか――これが、「フル・リンク・モード」。本当に、「別次元」だ!!
 漆黒と極寒の宇宙空間へと私は躍り出る。何処から模擬敵が現れるのか――今や不安や恐怖など何処にもない、ビンビンに冴え渡った五感と、無限の闘志があるだけ!
 視覚センサーが、点ほどの敵機の接近をキャッチ! 私は即座に身を翻し、ターゲット・ロックオン→レーザー発射!! 思考が完結する以前に、もう攻撃が終わっている。次は0時の方向、同高度! ターゲットに向かって一足飛びに駆け、フュージョンガンで撃破。こんなこと、今までの機体じゃ絶対できなかった……ちょっと、自分がものすごく切れるヤツに思えてきたよ。すごく有能で、何でもできてしまう。“Ceramic Heart” なんて概念が頭に浮かぶ――私の心はセラミック、硬く鋭く決して錆びることはない―――!! 自分が絶対であるという優越感、敗北の予感は全くない……!
 高揚したまま X-LAY で翔け続ける私の聴覚センサーに、やがて上官の声が届く。
「極めて上出来だ。だが、フル・リンク・モードは、君の脳にも相当の負荷がかかる。今日の訓練は引き揚げだ、そろそろ帰艦したまえ」
(え~~、まだまだやっていたかったのに……)という私の思いをよそに、リフレはセミ・リンク・モードへと移行。
『お疲れ様ー。――今の気分はどう? 大丈夫?』
 心配そうにリフレが私の顔を覗き込む――私は突然の頭痛に、思わず頭を抱えた。
「……頭いた……」
『私があなたの脳の処理速度を上げていたから、無理ないね……。でも、少しずつ慣れていけばいいことだから。それじゃ、またお会いしましょ!』
 一方的にラインが切れると、私の前には X-LAY の無機質なコックピットがあるだけだった。
 レシーバーを外し、頭痛をこらえながらも、そっとシートに身を委ね、左手の人差し指でつついてみる……
 この機体の中にリフレがいる。あんな気持ちのいい訓練、初めてだった……早くまた逢いたいな……ずっとずっと一緒にいたい―――
 いつしか私は、X-LAY に搭乗する機会を、心待ちにするようにさえなっていった。
 

4. Aurore

 M.C.0185、11月――
 公園の枯れかけたすずらんの横で、お腹を大きく膨らませた車椅子の女性は、私を待っていてくれていた。
「アウロラ……」
「お久し振りね――あなたは変わらないわね、2年前から」
「そうね」少しだけ、苦笑い。
「ごめんなさいね、こんな殺風景な所に呼び出して。すずらんは来年も咲くだろうけど、私がそれを見ることは、あるのかな……? でも、どうしても貴女に逢っておきたかった」
 私は、複雑な表情を浮かべる彼女のお腹に耳を埋めて、聴覚センサーの感度を上げる。
 アウロラの鼓動、どっくん、どっくん。そして、赤ちゃんの鼓動、とくん、とくん。
「……生きてるのね……」
 この時代には極めて稀な、真に男女が愛し合ってできた幸せな命が、間もなく、この世に産まれ出でようとしている。
「もうじき、出撃するわ――あの星を、壊しに。これ以上、『Con-Human』に、誰も殺させることのないように」
「そう…… でも、あなた自身は?」
「…………」
 アウロラが、私の両手を握って、懇願するような眼差しを向ける。
「あなたも必ず、生きて帰ってきてね……!?」
 その問いに私は答えない。
「―――貴女とその()は必ず守る」
 さよなら、という言葉は胸に秘めたまま、彼女の手を振りほどき、基地に向かって踵を返す――
 秋風が強まって、私とアウロラの間が、冷たい空気に隔てられた。
 それは、すずらんの滅びと再生とを、暗示するものでもあったけれど。
 

5. Sortie

 M.C.0185 12/24 2:00NIGHT、“OPERATION RAYFORCE” 発動。
 私は、(脳への負荷を抑えるため)セミ・リンク・モードで本星へと向かう――残存艦隊の隊列を横目に見ながら。
まるで、失地回復(Reconquête)を目指す一団のようね……
そこへ、リフレの意外な言葉が響く。
『でも違うの』
「――何が?」
『人類は失ってないもの』
 ――どういうこと―――!?
「Con-Human」は、本星から人類を追放したのではなかったの?
 そこへ、リフレの言葉が続く。
『――Con-Human は融合による永久の繁栄を望んでいるだけ』
「融合!?」
『そう、精神を繋ぐこと。肉体は必要ないわ』
「だから虐殺を続けるの?」
『それは解放するための犠牲』
 Sacrifice、という言葉をリフレは使った。犠牲、供物、あるいは生贄。
「……まるで見てきたようなことをいうわね?」
『あら。――だって、Con-Human は肉体と分離した意識を、本星の中で保護しているの。意識体の保護システムを応用して、生命維持用に開発されたのが――私』
「………」
 作戦エリア-1が近付いてきた。陽動の艦隊から離れ、ここからは、本当の本気を出さなければならない。人類を救う為に、失敗の許されない任務の為に。
『いよいよだね。フル・リンク・モードに移行するよ?』
「ええ、頼むわ」
 ――数秒だけ意識が遠のいた後に、私はいつものように X-LAY そのものと化す。フル・リンク・モードでしか味わえない、“Ceramic Heart” の時間。“解放” ……その通りかもしれない。絶対の安心感と、無敵の自信は、ちっぽけな生身の肉体に縛られた機動兵器のパイロットには、決して持ち得ないものだ。私は己の身を供物として、この大いなる力を得た。
 しかし――一つの大きな疑問が私の胸に生まれた。
 私は、“Con-Human” の力を借りて、「Con-Human」を倒しに行く、ということか……!?
『コラ!! 余計なこと考えない! ほら、フリゲート艦が見えてきたよ』
「ごめん、リフレ」
 暗示を秘めたリフレの叱責に、疑念はすうっと遠のき、集中力が飛躍的に向上してゆく。人間の限界を超えて!
 ――そして、私とリフレと X-LAY とは、完全に一つに“融合” し、闇を貫き通すための赤い力となる。
 

6. Max

 作戦エリア-2。敵機を的確に破壊しつつ、あの青い星の重力を感じながら、私は灼熱の衛星内部へと突入する。
 忘れ得ぬ記憶――1年前:M.C.0184、「Con-Human」の占有範囲がここにまで及び、山吹の髪を振り乱して、緊急出撃していったマックス。(私にとっては苦しくはなかったけれど)厳しい訓練を共にしてきたマックス。でも彼は、衛星内部の破壊には成功したけれど、そのまま帰ってこなかった。
 だから今、戦いに赴いているのは、私ただ1人。
 意識の片隅に、彼との想い出が浮かび上がる。
 ――私達が義体化される前夜、私はある決意を胸に秘めて、マックスの部屋へと赴いた。
 インターホンを鳴らそうとした瞬間、何と、彼もまた部屋から出ようとするところだった。
 私達2人は、全く同じことを考えていたのだ。
 マックスにエスコートされて、私は部屋に招き入れられ、扉が閉じた。
 私達の目的……それは、義体には実装されていないであろう機能、“愛し合う” という行為。
 照明を落とした部屋の中、産まれたままの姿で、2人、唇を重ねて抱き合う……
 家事に明け暮れていた私に、男を知っている暇などロクになかったけれど、それでも彼は、私を優しくリードしてくれて。
 誰に教わった訳でもないのに、どうされたら気持ちいいか、どうすればいいのか、分かる――Long forgotten memories struggle to arise, Truth unspoken yet remembered somewhere deep inside……
 そして訪れる、ひとつになりたいと願う狂おしい熱情と、波のように繰り返す IN-OUT。天上と奈落の狭間に潜む至福の時――貫かれた瞬間、鋭い痛みと共に、心の何処かで、“PENETRATION!” という声を聞いたような気がする――。
 その日、私の胎内で混合したふたつの液体が、個体を生むことはなかったろう。
 ちょうど、生理が明けたばかりだったから。
 不意に、轟音を上げて、衛星のマグマから浮かび上がった強襲突撃挺 “ポセイドン”。
《マックスの仇!!》
 私のテンションも最大(Maximum)になる。ちっぽけな中間子砲の攻撃など食らうものか! ロックオンレーザーの連射に次ぐ連射。やがて戦艦は大爆発を起こし、残骸が再びマグマの中へと沈みゆく。
(マックス……仇は討ったよ)
 そう心で語りかけようとしても、この想いは彼には届かない、死んだ人間は何処にもいない。
 それでも―――せめて声だけ、声だけでも彼に逢えたら、今、どんなに心強いことだろう。
 衛星から離脱し、敵機動艦隊の圧倒的な物量に驚愕する。私がいくらレーザーを撃っても、到底撃滅し切れるものでもない。
 ああ……私1人を生かすために、陽動に出た艦隊が、敵の中間子砲の攻撃に晒されている。
 ――さっきリフレがいったことは、本当だろうか?
 肉体を持たぬ意識だけの“生”、今の私のように。それでも肉体ある生を望んだ人類は、本星破壊のために、こうしてまた数多の命を散らしてゆく……
 哀悼の念を禁じ得ないけれど、何処か醒めた眼で沈みゆく艦隊を見て、心で呟く。

(これが人類(わたしたち)の選んだ道―――)

 突然、緑色の閃光が闇を裂く。
 空間転移システムによるテレポートで出現した、防御衛星 “ギラソル”。
 再び、“Ceramic Heart” の戦いが始まる。


※第一次攻略戦の時点で、X-LAY は2機しか存在しなかった>「テスト機」が X-LAY だとすれば、残りは1機しかない>しかし第二次攻略戦では2機出撃している>途中で1機造り足していないと数が合わない。史実には反するが、ここで出撃したのは主人公1人だけ、という設定にしてある。


 

7. Ville

 敵の攻撃は苛烈さを増してゆく。しかし、敗北の予感など微塵もない。研ぎ澄まされた神経と同時に、何処かで安らいでいる心。まるで、リフレが優しくそして力強く、私を抱き締め続けていてくれるようだ。360度の視界の中、私は縦横無尽に空を駆け巡り、銀色の機影を倒し、大地の裂け目を抜けて、地下都市へと侵入する。
 敵機の盛大な歓迎の中――微かな違和感が心の片隅に浮かぶ。
 ここは、人間が「Con-Human」に破壊された地上を捨て、息を潜めて暮らした場所ではなかったか? もちろんそこにもう人は住んでいない。なのに、何故こうも灯りが点いている……!?
 闇に浮かび上がる街の灯りは、そこに人が息づいている証だ。「Con-Human」は、自分の権勢を誇示しているつもりなのか? 「自分は今も人と共に在る」とでもいうのだろうか。
 地下都市の果てにハッチが開く。暗い暗い移動用チューブに出現した金色の鬼神、“オーディン”。周囲の閉塞感と相まって、そろそろ気持ちに余裕がなくなってきた。――でも大丈夫、絶対に! 根拠などなくても、リフレがそういっている、自分もそれを信じていられる。
 オーディンを撃破し、DEEP LAYERの中を私はなおも突き進む。“ダイナモ” ? 核融合炉の分際で生意気なのよ! 私には熱核融合エンジンの上に、フュージョンガンとロックオンレーザーがある!! 激しい攻撃を凌ぎ切って、中心核への通路へと――待ってなさい「Con-Human」、私はお前を必ず倒す。お父さんの仇、マックスの仇、今まで虐殺されてきた全ての人間の仇、この機体(からだ)で討つ!!!
 通路を抜けて、さあ、中心核だ―――
 一気に視界が白く開ける。
 一瞬、大きな驚きが私の心を満たす。
 一面に広がる膨大な都市。それは、人の住処……!? 太陽も月もないのに、こうも明るく夜もなく輝く街――何かの本で読んだような気がするけど、何だったっけ?
 驚きに構っている暇はなかった。怒涛の如く押し寄せる敵機群、遥か下方に戦艦の群れが見える。――全部壊し尽くす!! 人類にとっての脅威は、私が全て破壊してやる……!!
 目指すは一つ、コントロールタワー。頂点が近づくと、スーッと敵機が退いていった。一騎打ちをしようとでも? 見上げた根性だわ、「Con-Human」。
 しかし―――そこには恐るべき罠が待ち受けていたのだ!
 コントロールタワーの頂点に到達した瞬間、空間を歪ませて出現した「Con-Human」。思わず “耳” を塞ぎたくなるようなノイズに、リフレが甲高い悲鳴を上げた。
『いやあああッ!!』
「リフレ!?」
『思考ノイズ、多過ぎ――リンクモード、維持できない……っ!!』
 それきり、ラインがプツンと切れた。
 私は思わず叫んでいた。
「リフレ!? リフレ!! お願い、返事して―――っ!!!」
 応答はない。私の前に在るのは、セパレート・モード用のコックピットだけ。何てこと――最強の敵を目前に、C.L.S. との連携を断たれるなんて……! これじゃあ並のパイロットと何も変わらない! “Ceramic Heart” なんて、今まで夢を見ていたようで、そんなの微塵も残ってない――淋しい、怖い、スロットルレバーを握る手の、震えが……止まらないよ………!!
 リフレの声の代わりに、突然、頭痛さえも伴うような大音声が、私の脳に直接突き刺さった。
《無駄ダ》
「『Con-Human』!?」
《ソウダ。りんく用ノ回線ハ我ガ占拠シタ。我ハ今モ、真実「人ト共ニ在ル者」。オ前モ我ノ一部ニナルガヨイ》
 突然、見たこともない激しい弾幕が私に襲いかかった。セパレート・モードでは避けるだけで精一杯、フュージョンガンは撃ちっ放しで、ロックオンレーザーはめくら撃ちだ。今の私は――あまりにも、非力だ……! だけど、ここで膝を屈する訳にはいかない!! 恐怖に抗う勇気を精一杯振り絞って、私は戦うことを止めない。
 すると、「Con-Human」はタワーから分離して、4本の腕を広げ、“ブラックホール” を形成した。駄目だ、いくら X-LAY の推力を上げても、機体がいうことをきかない、レーザーさえも皆吸い込まれてしまう……!
《何故、我トヒトツニナロウトシナイ? コレガ人類ノ理想ノ形ナノダ――ソレヲ教エルタメ、オ前ノ一番逢イタカッタ者ニ、逢ワセテヤロウ》
 次の瞬間、私の脳裏に響き渡った、あまりにも懐かしい声。聞きたくてたまらなかったその声。
〈逢いたかった……!!〉
「マックス――――!!!」
 

8. Arcadie

 マックスの声と同時に、この都市に “暮らす” 意識体達の想念が、一気に私の中へ雪崩れ込んだ。
 誰も皆、楽しい夢を見ながら、静かに笑いさざめいていた……悲しい想念は、一つもなかった。
 私のさっきまでの疑問に、彼が総てを答え始めた。

〈君がいつもいってた通り、魂っていうのは、脳内の電気信号パターンの集積のことなんだ。人間の本質は、意識なんだよ。
 1年前、俺は衛星の中で “ポセイドン” に殺された、と思ってたんだろう?
 だけど、それは違う。僕は被弾した直後に、あの戦艦の中から、自分のちっぽけで不自由な入れ物が砕け散るのを、他人事みたいに眺めていたんだ。
 ――つまり、こうだ。人間の思考パターンを全部「複写」して、その後中間子砲という “火” を以て、肉体を滅ぼす。複写された魂は、「Con-Human」のメモリに、ここに転送される。そして、病むことも老いることもない、不滅の生命を享受するんだ。
 君がさっき思い出そうとしていたのは、「聖書」だよ。「見よ! 神の天幕が人と共にあり、神は彼らと共に住み、彼らはその民となるであろう。そして神みずから彼らと共におられるであろう。」「また神は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり、もはや死はなく、嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」。
 そう、この場所こそが、かつての本星に取って代わる、新しい聖なる都市、人類にとっての理想郷(Arcadie)なんだ……! 君だって解ってるだろう、X-LAY のサポート AI とリンクしているのが、どんなに気持ちいいか。その状態が、ここでは永遠に続くんだ。だから、君もそんなバカなことはやめて、こっちへ、僕の側においでよ――!!〉

 それでも私は、必死でブラックホールの周囲を回り続ける。リフレの話は、本当だったんだ……!! 抗い難いマックスの誘惑、だけど、違う……チガウ……何かが、何かが――! 私の頭の中をぐるぐると駆け回るのは、病床で食事に執着する母の姿であり、2本のすずらんでもあり、アウロラの娘の鼓動でもあったりする。本当は、命は、生命(いのち)は……!?
 マックスの話は、なおも続く。
〈ここは、人間が実体も寿命もなく、単なる意識体として存在している世界なんだ。すべては静寂に満ち溢れ、永遠の平和が約束されている。戦争や差別や飢えや貧しさ、病、暴力、そして死の痛みすら存在しない。――だけど、ただ一点だけ問題があってね〉
「問題?」
〈そう、これらの苦しみから解放される代償として、人間は生きているという実感を失ってしまった。でも、さすがはニューロネットワークだよ。刺激や充実感の得られる仮想現実を体験するシステムを、考案したんだ。誰も皆、自分の望むものを与えてくれるゲームを楽しんでる。苦しい思いや、悲しい思いをする人は1人もいない。そして、全人類をここへ導き、あらゆる苦しみから解き放つことこそが、「Con-Human」の最終目的。
 ――君が僕の所へ来てくれる時を、ずっと待ってた! ここに来てから、僕は君のことを想いながら、一人で、してたんだ。この楽園で、二人、永遠に愛し合おう……!!〉

 ――その瞬間、総ての疑問への答えが、私の中で大きな音を立てて、閃いた!!
 

9. Vie

「……何、寝言いってんの?」
〈………!?〉
 私はマックスの「亡霊」に向かって、思いの丈を吐き出し始めた。
「大事なのは意識なんかじゃない、意志よ。苦しみのない『生』なんてあり得ない。生きていること自体が、闘いなのよ。理不尽な社会に抗い、病に抗い、運命に抗う――その時命が輝くのよ。楽しいことばかり選んでいて、何処に『成長』があるというの!? 味わった苦しみの分だけ強くなれるし、悲しみの分だけ優しくなれる。人間は老いや『死』には絶対に勝てないけれど、残された次の世代がその遺志を継いで、涙の中から立ち上がるわ……母さんが、母さんが、自分の生き様を通して、最後は命と引き換えにして、私に教えてくれた!!
 あんたは、あんた達は生きてなんかない!! 『進歩』を止めたあんたは、タダの Read Only Memory に過ぎない!
 そっちの世界で “永遠に愛し合う” なんて、離れた場所で自分を慰め合っているのと何が違うの!? 寝言は寝てからいって!!」
 私は怒りに燃えた瞳で、ロックオンレーザー8発を、ブラックホールへと斉射した!
「コレが答えよ!!!」
 ブラックホールが消滅するのと、フュージョンガンが「Con-Human」の腕を吹っ飛ばしたのが同時だった。
 それきりマックスの声は聞こえなくなった。
 環状に空間障壁を展開する、「Con-Human」のうろたえた声が響く――
《何故ダ!? ドウシテ我ノ方法論ヲ理解シヨウトシナイ!!? 我ガ保護シテイル人類ヲ、滅亡サセルツモリカ――!?》
「あんたが保護してるのは “人類” なんかじゃない! 人類を守ろうとしているのは、私の方よ!! あんたの目的なんか、達成させやしない。命ある者の歴史を、絶対に終わらせたりはしないわ……!!」
 私はロックオンレーザーで、確実に「Con-Human」にダメージを加えていく。
 集中しろ! 研ぎ澄ませ、神経を、己の五感を!! 機械(AI)の力を借りずとも、人間として、私は「Con-Human」を倒す―――!!! 3WAY レーザーの隙間をギリギリでかいくぐる。
《ヤメロ―――――!!!》
 最期の抵抗、それは、空間障壁の極めて高速な乱れ撃ち。限界の緊張の中、私はその全てをかわし切った!
『これで終わりよ!!』
 私は一気に「Con-Human」の前に出て、矢継ぎ早にレーザーを叩き込んだ。
 不意に赤く染まる視界、「Con-Human」が爆発を起こし始める―――
“彼”の断末魔の言葉は、あまりに意外なものだった。
《……何故、倒サレル、我ガ…… 人類ハ、肉体ヲ持ッタママノ繁栄ヲ、拒否シタノデハナカッタノカ……!? 殖民計画ハ失敗シタ。ソノママデハ、イズレ人口ノ増加ニヨリ、人類ハ絶滅ニ向カウ――我ハ、絶対ニ、間違ッテ、イナ―――》
(ア………)
「Con-Human」の緑のボディーに、赤い球状の光が収束していく様は、まるですずらんの実が一気に熟していくかのようだった――
『待って――――!!』
 思わずそう叫んで差し延べた右腕は、X-LAY の HUD に虚しくぶつかっただけだった。
 次の瞬間、「Con-Human」の機体は、白光と共に爆発し、四散した。
「そう………か」
 幼き日に、母からは得られなかった、その答え。
〈人間ガ、モットモットフエテ、本星イッパイニナッチャッタラ、ドウスルノ!?〉
 ……何処かに住処を創るしかなかったんだ。
「Con-Human」、貴方も、貴方なりの方法で、人類を守ろうとしてくれていたのね。
 殖民計画が頓挫した時点で、貴方は、「生命の本質」を見誤ってしまったのね?
 人類は本星を追われても、近隣の惑星やコロニーで生き続けていられるというのに、本星にしがみつき続けたのは、貴方への「甘え」だったのね……。
 けれど、それも、もう―――
 私はやにわに、レシーバーをC.L.S. の端末ごと頭から一気に引き千切った。
 すかさず、HUD にリフレの怒り顔が浮かび上がる。
『ちょっとお! ダウンしてた私も悪いけど、こんな所で強制セパレートだなんて、何考えてるの!? コントロールタワーは目の前じゃない。レーザーぶっ放して、ちゃっちゃとケリつけてよ!』
「……ごめん、リフレ、このまま、セパレート・モードでやらせて。最後の決着は、人間として、この義体で、腕でつけたいの――」
 私は必死の表情で懇願した。
「どうか、お願い……!!」
 彼女は数瞬戸惑いの表情を浮かべたけれど、やがて静かに目を閉じて、こういってくれた。
『……解ったよ。あなたが任務達成の意思を持ち続けている限り、私は手を出さない』
「ありがとう、リフレ」
 コントロールタワーの頂点に、手動でロックを合わせる――この都市に保存されている、Formless living bodies を、“火” を以て真実の虚無へと解放する、今―――!!
「LOCKED」の表示と同時に、カッと目を見開いて、私は叫んだ。
発射(Lancer)!!!』
 X-LAYに残された全てのエネルギーを、私はタワーに降り注がせた。
 崩壊するタワー……そして、そのまま本星の爆発に身を委ねた。
 

10. Gratitude

 本星の大爆発から、いったいどれ位の時間が経ったのだろう……
 X-LAY のキャノピーは吹っ飛び、私の義体も人工皮膚も筋肉も焼き切れて、あちこちから金属フレームが覗いている。バラバラになった本星の残骸の中、私はもういうことをきかない義体を、シートにもたれかけている。
 残された僅かな力を振り絞って、私は再び C.L.S. の端末を接続する。――最後の、リンクモード。
「リフレ……生きて…る?」
 宇宙をバックに浮かぶ彼女の姿が、ノイズで大きく乱れている。
『自分……で本星の爆…発に巻き込まれておいて……よくいえ…たものね?』
「じゃあ……どうして止め…なかったの?」
『任務が達…成されたなら、その後あな……たがどうしようが、私の知ったこ……っちゃない…わ』
「ごめんね、リフレ…… “心中” に巻き込…むようなマネをして…… でも……、機械と融合し…た最後の意識、私…自身を……破壊することで、ようや…くこの作戦は終わ……るの」
『ふぅん……何…考えてる……んだか、よくわか…んないけど、あなたが満足できるんなら、それで……いいんじゃない?』
「だけど……本当にありが…とう、リフレ。あな…たが私をサポートしてくれ……てなかったら、絶対ここ……までたどり着け……なか…った」
『……違…うよ。最後の最…後は、あなた……1人だ…けで成し遂げたじゃない……。あなた…は、人類は、機械に勝っ…たんだよ。私は……あなたを…誇りに、思う』
「ふふ………それじゃあ、私達2人…の力で、勝てたんだね」
 疑似映像の中で、私はリフレに手を差し延べた。
「ありがとう」
『ありがとう』
 彼女の手が、私の手を強く握り返し――そして、2人、イメージの中で、固く抱き合った。どうしようもなく愛おしくて、ありがたくて……義体に実装されていない、嬉し涙を流しながら………
 リフレの姿が、急速に薄くかすんでゆく。
『SYSTEM DOWN……お別…れの時間……ね。さよ………なら』
 彼女の寂しそうな微笑みと共に、静かに、ラインが切れた。
 セパレート・モードの X-LAY のモニターに、乱れながら映る文字は、「MISSION COMPLETE」。――ああ、でも、まだあと1つだけ、“伝道(MISSION)”が残っている。
 私は最期に知ることができた、この戦いの「真実」を……
 機体が機能を停止した、私の視野も、意識も闇に消えてゆく――もう時間がない。
 虚空に手を伸ばし、強く、強く念じた――
《私の心、私の想いよ、これから生きてゆく誰かに、どうか……届い………て
 

11. Epilogue:Muguet-Omega

「ねえねえ、アウロラ――っ!」
 公園の満開のすずらんの前で、母親に笑いながら手を振って呼びかける子供がいる。
「めっ! アンティローぺ、表では『ママ』って呼びなさい、っていったでしょう!?」
「ごめぇん、ママ。――今年もいっぱい咲いたねー、すずらん」
 母親は遠くを見つめ、寂しそうな声で呟く。
「そうね……この花を植えた人は帰ってこないのに、すずらんだけが毎年殖えていくのね……」
「ねぇ、ママ」
「なあに?」
「じゃあ、すずらんがもっとふえて、この公園に入り切らなくなっちゃったら、どうするの?」
「どこか別の公園にでも引き取ってもらうしかないわねぇ」
「それじゃあ、もっともっとふえて、このコロニーいっぱいになっちゃったら、どうしたらいいと思う?」
 あどけない質問に、母親は複雑な笑みを浮かべて、答えに窮する。
「困ったわねぇ、いったいどうしたらいいのかしら……」
「やぁだ、ママ! こんなカンタンなことも分からないの!?」
「――――!!?」
 子供は、弾けるような笑顔で、母親に明解な答えを告げた。
「私がもっとずぅーっとちっちゃかったころ、長い黒髪のキレイなお姉さんが、ゆめの中で教えてくれたの。『どこまでだって、植える場所を創りに行けばいいんだよ』って!!」
 

〈END〉

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