1. 遺書 -New Testament-

縁起でもない、なんていわないで下さい
私には
“OPERATION RAYFORCE” から
生きて帰る気はないのですから
 
途中で撃墜されるかもしれません
C.L.S. に自我が耐え切れるかどうかも
分かりません
でも 最後までたどり着けたなら
私は本星の爆発と
運命を共にするつもりです
 
機械から人類を解放したいのです
――機械の身体にされてしまった
自分自身も含めて
 
人の身で救い主(キリスト)になど
なろうとしてはいけないのかも
けれど 私の命を捧げること
それがせめてもの贖罪
 
父なる神よ
貴方の創り給うたその地を
治めるために創造された身でありながら
“神” の偶像(Con-Human)を造った罰を受け
今また地そのものを壊そうとしている
愚かな人類の罪を
どうか どうかお赦し下さい
アダムとエバの血脈を受けぬ
この造り物の命が
貴方のお望みに適うのならば
 
私の亡骸を
捜しには来ないで下さい
闇に包まれた星海(せいかい)の中
永久(とわ)の眠りにつけるよう……
 

 M.C.0185 12/23

  RVA-818の生体ユニットより。
 
 

2. 哀訴

 私がこの手でバラバラにした、本星の残骸を、半壊の X-LAY の中で、ボロボロの義体から眺めているのです――。
 パイロットスーツに忍ばせておいた、中心にブルーダイヤをはめ込み、メビウスの輪と翼とをあしらった、銀製の十字架のペンダントを、焼け焦げた震える指先で、そっと取り出してみる……


永遠の命

 父なる神様。
 私は、「Con-Human」と融合したもう1人の私自身を、人類の “原罪” を、この機体で倒しました。
 また、C.L.S.という “十字架” の上での苦しみを、最期まで減らすことなく耐え抜きました。貴方のお言葉への不従順が、死の宣告をもたらしたなら、この従順は、貴方のお望みに適うでしょうか。
 罪と死が、アダムとエバの子孫全てに伝わったというのであれば――男女の交わりによらぬ、クローンであるこの身を、イエス・キリストの代わりに受け止めては下さいませんか……?
 鋼の義体に流れるオイルが、契約の “血” に値するかどうかは分かりませんが。
 ましてや、私の如き者の犠牲が、全人類の罪を償おうとは、とんだ思い上がりに過ぎるでしょうけれど。
 それでも、お願いですから、今生き延びた人達の罪だけは、どうか赦してあげて下さい。
 もう「Con-Human」に脅かされずに済む世界で、平和に生きられますように。
 X-LAYのモニターに乱れながら映る文字は、「MISSION COMPLETE」。
 ――成し遂げられました。神様、私の魂を、どうかみ手にお受け取り下さ…い……
 (SYSTEM DOWN)
 

3. Swan Song

 俺の名前はファルコン・ミーチャー。外惑星連合宇宙軍・総務部第3厚生課の所属だ。――誰だ!? 「失敗した “OPERATION METEOR” の名前を持つなんて、縁起悪ぅー」なんてぬかした奴は!! 持って生まれた名字なんだからしょうがないだろう!
 もとい、軍属寮の管理が俺の担当。いやー、“OPERATION RAYFORCE” で結構ハデに人入れ替わっちゃったからさ、こう見えて案外忙しいんだよ。今日の仕事は女子寮の整理。さーて、次の部屋はっと。合鍵をポケットから取り出してドアを開ける。
 ――ん? 真っ暗な部屋の中で、端末のモニターだけが省電力モードで微かに光っている。電気のスイッチを入れて明かりを点けた。あれまあ……ここまで見事に片付いた部屋なんて初めて見たよ。おおかた残存艦隊の出撃要員、完全に死を覚悟の上だったってことか。「Q.E.P.D.」。後は第1のハルカの仕事だな。
 ただ一つの例外は、壁にあった「International Star Registry」の額と、大きな大きな宇宙のポスター。……あー、あれね。固有名のない一つの星に好みの名前をつけて、どこぞの図書館に永久保存するってヤツ。案外ロマンチストだったのかな、この部屋の住人は。
 わずかに光っている端末に興味を惹かれ、俺はモニターの輝度を上げてみた。
 ―――そこには、とてつもなく壮絶な遺言が残されていた。

〈この書き置きを見て下さっている誰かへ
 これは「遺書」です。
 何故なら、私には “OPERATION RAYFORCE” から、生きて帰る気はないからです。〉

 そこまではまだよかった。しかし、次の言葉に、俺はハンマーで頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。

〈私は、RVA-818 X-LAYの生体ユニット。
「Con-Human」と融合した少女からコピーされたクローン人間で、
 なおかつ全身を義体化されたサイボーグです。〉

 な……ん…だって―――!!?
 何処まで非人道的な真似を、という怒りと驚きもさることながら、寮の住人は皆一兵卒でしかないと、俺は勝手に思い込んでいた。消息不明の降下部隊のパイロット――こんな重要な人物がここにいたなんて、夢にも思っていなかった。
 遺書はなおも続く。

〈途中で撃墜されるかもしれませんし、
 C.L.S. に自我が耐え切れるかどうかも分かりません。
 でも、最後までたどり着けたなら、
 私は本星の爆発と、運命を共にするつもりです。〉

 どうして――!?

今日(こんにち)の人類の苦難は、「Con-Human」に人間の意識を接続したことから始まりました。
 いうなれば、人類の「原罪」と呼べるでしょう。
 神に並ぶ “偶像” を造りあがめた、これは神罰ではないのでしょうか?
 だから、私は原罪を、もう1人の自分自身を殺しに行きます。
 そして、この身を贖罪の生贄として、本星もろとも焼き尽くします。
 自分も含めて、機械と融合した総ての人間を解放するために。
 それで人類の罪が赦されるのなら、この造り物の命、喜んで捧げましょう……!〉

 そこまで読んだ時、いきなり部屋の照明が落ちた。
「なあにいっ!? このご時勢に停電、だ…と……」
 突然、“星空” が眼前に現れた。
 さっきのポスターには、夜光塗料が使われていたのだ。
 十字架のように立つ白鳥座の姿。そして、彼女の星は、その中央の星の斜め右下に、ひっそりと光り輝いていた。
 生まれたての、蒼い、蒼い星。まるで、キリストが十字架の上でこぼした涙のように……


“白鳥”の涙

 星のデータに俺は目を通してみた。

 赤径:20時間22分14秒。
 赤緯:+40度15分24秒。
 登録日:M.C.0185 12/25。
 星名:Atonement of Machinery Century――「機械世紀の贖罪」。

 ………「Swan Song」だ。

 白鳥という鳥は鳴かない。しかし、死ぬ直前に限って美しい声で鳴くという伝説がある。転じて、優れた芸術家の最期の作品をこう呼ぶ。
 彼女は12/24の “OPERATION RAYFORCE” にその身を焼いて、翌日星に生まれ変わったのだ……救い主の誕生日に。そして白鳥座の片隅から、人類の赦しを永久(とこしえ)に祈り続ける。
“白鳥” は、機動兵器という翼であの宇宙(そら)を駆け抜けた、ここに在るのは、飛び去った羽根の残像だけ。
 気がつけば、停電はいつの間にか復旧していた。
 いつしか……俺の両目から涙が流れ落ちていた。
 クローンだろうがサイボーグだろうが、あんたは俺達と同じ「人間」だろう!?
 戦うためだけに生み出されて、身体も改造されて、そんな酷い仕打ちを受けても、あんたは人類のために戦ってくれたのか!!? あまつさえ、その崇高なまでの自己犠牲は、いったい何なんだよ―――!!
 しかし、「遺書」の内容は、最後に俺を突き放した。

〈――さあ、この文章を消去して下さい。
 私はこの言葉が預言として残されることなど望んでいません。
 勝手にイエス・キリストを気取った、名もなき戦闘機械の、つまらない自己満足として忘れて下さい。
 私の前に誰がこの部屋にいたかを知らないように、
 私の後に知らない誰かが、いずれこの部屋に入るのでしょう。
 さようなら。「Con-Human」のいない世界で、皆平和に暮らせますように。
 
  M.C.0185 12/23
   RVA-818の生体ユニットより。〉
 
 俺は思わず怒鳴っていた。
「そんなコト、できる訳ないだろおッ!!!」
「名もなき戦闘機械」なんかじゃない! 「つまらない自己満足」でもない!!
 現にあんたは、自分の命と引き換えに、俺達全員を救ってくれたじゃないか。
 ちゃんと名前のある人間で、この恒星系がイエスの千年統治(Millennium)ではなくても、平和な世界に導いてくれたろう……!?
 ――その時、ふと、出撃前夜に端末に向かっている、長い長い髪の後ろ姿の幻が、俺に向かって振り向いてくれたような気がした。少しだけ寂しそうな、微笑を浮かべて。
 神様というのは、本当に何処かにいてくれるのだろうか? 俺は両手を組み、きつく瞳を閉じて祈った……もし神様がいるのなら、どうか、彼女の犠牲を、贖罪の形として受け入れてあげてほしいと。
 近い内にこの部屋はクリーニングされ、彼女の予想通り、何も知らない新しい誰かが住むだろう。
 そしていつか俺も、俺の方は、誰の記憶にも残らずに死ぬだろう。
 だけど俺は、俺だけは絶対に、絶対にあんたのことを忘れない、この身が灰になるまでは。そのあまりにも気高い志と、哀しき Swan Song とを。
 俺は彼女の望み通り、端末のメモリをクリアして電源を落とし、部屋を出て名札を引き抜き、ティッシュにくるんでポケットに突っ込み―――機械世紀のキリストの名を、心に強く刻み付けた。
 
〈FIN〉
 

Appendix:pRAYer

ニューロネットワークに
人の意識を繋ぎし瞬間(とき)
光の力が嵐を呼んで
いま人類は岐路に立つ

暴走するネットワーク
星を追われた人々
勝つためだけにクローニングされ
機械化された一人の女性は
人類の罪を贖うために
本星の爆発にその身を焼いた
そして 小さな星に生まれ変わり
北十字の中で哀しく光る……

忘れないで
忘れないで 決して
有限のこの星の中で
無限の発展を遂げようとすれば
待っているのは地獄(ゲヘナ)の炎
進むべき道を間違えずに
温かな母の懐を離れ
酷寒の宇宙へ漕ぎ出せたなら
生命(いのち)という名の力は
南十字の永遠(とわ)へと至る
強く輝く星になる

この先に誰も もう誰も
機械に脳を縛られて
苦しむことなど起こさぬ為に
正しき道を照らす光よ
我等をどうか導き給え
どうか我等を導き給え

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